very sweet verry 2
次の日、春先とは思えない陽気の中、第二小隊が出動した。
午前11時位に出動したにもかかわらず、埋立地に戻って来たのが午後2時過ぎ。
一番気温の高い時間帯に出動した第二小隊の面々はみんな汗だくだった。
上海亭への昼食の注文もそこそこに、男から先にシャワーを浴びた。
続いておタケさんと野明。
「は〜! 暑い!」
ネクタイを制服のポケットに無造作に突っ込み、制服を第二ボタンまで開けたままという大胆な格好で野明はハンガーに現れた。
いつもの様にがしがしと濡れた髪を拭きながら。
そしてあのシャンプーの甘酸っぱい香りをまとって。
アルフォンスの動作データなどの事で、ハンガーでシゲさんと話をしていた俺はさすがに焦った。
ほとんど女っ気の無い特車二課。
過酷な労働とシフトの中において、恋人はおろか、
女性との出会いすらままならない状況。
そんな悲惨な職場で、野明が心のオアシスとなっている奴らが整備班にいる事を、俺はシゲさんに聞かされていた。
もっともと言えばもっともな話である。
あの小さな身体でイングラムを操縦し、男顔負けのパワーで仕事をこなす。
本来なら、整備班がしなければならないであろうイングラムの洗浄やワックス掛けなども、野明はほとんど一人でこなしている。
整備班にとって仕事が軽減される程ありがたい事は無い。
それに野明がイングラムにアルフォンスと名付けて過剰な愛情を注いでいる事は、特車二課の人間ならば誰でも知っている。
そして野明と正反対なのが太田だ。
出動の度に、毎回殆どと言っても過言ではない程イングラムを壊して帰って来る。
そう、整備班の仕事を増やすのだ。
太田は。
野明は滅多な事では壊さない。
仕事を軽減してくれる上に、性格も明るくて素直で愛想も良く可愛いとくれば、そりゃあ惚れる奴も出てくるだろう。
事実、シゲさんも今までに何度か『野明に惚れているのだがどうしたらいいのだろう』と相談された事があるらしい。
シゲさんは俺が野明に惚れてる事を知ってる唯一の人間だ。
だから相談されても『泉ちゃんは今仕事が楽しい時期だから』と誤魔化してくれていた。
事実だ。
俺だって、野明に何度か告白しよう思った事があった。
が、その度に思い留まった。
好きな女が、自分を異性として見ているかどうかなんてすぐにわかる。
野明は俺を異性として見ていない。
あくまでも『同僚』『操縦者と指揮担当』としか野明の目には映っていない。
それに野明がまだまだ子供で……
野明の事は、特車二課の誰よりも俺が一番知っている。
誰よりも野明のそばに俺はいる。
非番の日は大体一緒にいるし、待機任務に入れば24時間ほぼ一緒。それが7日間。
『操縦者と指揮担当は一心同体』
俺達はそれが合言葉だ。
しかし、俺達が特車二課に配属された当初からの整備班員は、俺と野明がいつも一緒にいるのが当たり前になってしまい、『野明に告白をしても無駄』とすっかり諦めてしまったらしい。
そのおかげで『野明に告白しよう』なんて大胆な行動に出る奴はいなかった。
まったくもってありがたい。
しかし、最近整備班に配属になった奴らはその事を知らない。
そしてそんな整備班の中に、野明の香りに一早く反応した男がいた。
「あれ、泉さん。 ずいぶんといい香りですね?」
「うん、いい香りでしょ? 新製品のシャンプーなんだ〜」
あいつは確か、春にここに配属になった中村って奴だ。
まあ、今時の『イケメン』っていう感じだ。
背はまあまあ高い。
俺はシゲさんと話を聞きながら野明とあいつのやり取りを聞いていた。
「へぇ。 何か思わず食べたくなっちゃう香りですね」
「だよね〜」
あ〜もう!
野明に気安く話しかけんじゃねぇ!
鼻の下伸ばしやがって!
「そんな事言ったらホントに食べちゃいますよ〜」
あぁ!? 今何つった!?
「あはは、あたしを食べても美味しくないよ〜」
あまりの野明の危機感の無さに、俺は眩暈がした。
さすがのシゲさんも顔が引きつっている。
野明、お前意味わかってないだろう!
もう限界だ!
と、俺が野明の名前を口にするより早く
シゲさんが叫んだ。
「おい、中村! そんなところで仕事さぼってたら親父っさんに怒鳴りつけられるぞ!」
「は、はいっ! すいませんシゲさん!」
おお、さすが教育が行き届いてるなぁ。
すごい勢いで持ち場に走ってく。
はぁ、それにしても……
「どうしたもんかねぇ、遊馬ちゃん……」
シゲさんが溜め息をついた。
俺も思わず一緒に溜め息をついてしまった。
「泉ちゃんは、あれも魅力の一つだからねぇ……」
そうなのだ。
野明はあまり他人に警戒心を持たない。
そのうえまだ子供みたいに無邪気で……
野明が好かれるのはそういうところなのだろう。
俺も、何度も野明のそういうところに救われてきた。
しかし、野明もいかんせん成人女子。
ある程度の自覚は持ってもらわないと俺の神経がもたない!
「遊馬ぁ。データの話終わったの?」
近付いて来て書類を覗き込む。
甘酸っぱい香りが俺を包み込む。
ふと見ると胸元には谷間が見え隠れして……
ここは一つきちんと言って置かないと!
「おい、野明!」
「ん? 何?」
「あのな……!……その……」
大きな目を更に大きくして俺を見上げる。
……可愛いなぁ……
あの中村じゃなくたって食べたくなっちまうよなぁ……
と!
何考えてんだ俺!
落ち着け俺!
「遊馬、どうしたの?」
「い、いや。ネクタイきちんとしておかないと。 南雲隊長とかに見られたら言われるぞ」
「あ、そうだね。南雲隊長、そういうとこきちんとしてるもんね」
ボタンを閉めて、ネクタイを結ぶ。
「あ〜、シャワー浴びたら喉乾いちゃった。オフィスに戻って冷たいお茶飲もうっと。 遊馬はまだ戻らないの?」
だから、そんな無防備な格好を……!
……言えない。
「……俺はまだシゲさんと話があるから……」
「じゃ、先に戻ってるね」
俺の心配などつゆ知らず、無邪気に鼻歌を歌いながら戻っていく。
ポンポンとシゲさんが俺の肩を叩いた。
『うんうん』と頷きながら。
シゲさんの顔には『同情』の二文字が浮かんでいた。
はっきりと。
俺はがっくりと肩を落とした。
野明があんな調子では、先が思いやられる……
そして、俺を待ち受けていたのは想像以上のダメージであった。
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