幸せのおすそわけ 7


 ねぇ、遊馬。

 どうして、あたしだったの……?






 「やっぱり出ないか……」

 深い溜め息をつきながら、遊馬は携帯電話の通話ボタンを押して切った。
 
 遊馬は苛々しながら携帯をベッドに放り投げ、床に腰を下ろしてベッドに寄りかかった。

 あれから2週間、全く野明と連絡が取れなくなっていた。
 野明の携帯電話はもちろん、家の電話にもかけた。
 が、ずっと留守番電話になったままである。
 いい加減頭に来た遊馬は八王子の開発室にも電話を入れた。
 職場に私用電話を入れるのはよくないことだとわかっていたが、野明と連絡が取れない以上仕方のないことであった。

 しかし、それでも野明は色々と理由をつけて電話に出ようとはしなかった。

 完全に避けられていた。

 どうすればいいのか。
 いっそのこと、最終手段として野明の部屋に押しかけようとも考えたのだが、電話にさえ出ない野明が、ドアを開けてくれる訳がなかった。
 それに、もしドアを開けてくれたとしても、興奮して大声でも上げられたりしたら、間違いなくマンションの住人に警察に通報されてしまうだろう。

 警察官である自分が警察に通報されたら、シャレにならない。

 では、どうしたらいいのか。

 どうやって野明と連絡をとったらいいのか。
 遊馬の頭の中はそのことで一杯だった。

 過ちを犯した責任を取りたかった。
 だが、責任だけではない。

 相手が野明だったから、一緒になりたいと思った。

 思い出すのは、自分の腕枕でぐっすりと眠っていた野明の寝顔。
 たった2週間前のことなのに、ずいぶん前に思える。

 遊馬は首をひねり、ベッドを見つめて再び溜め息をついた。
 


 

「遊馬さん、どうかしたんですか?」

 本庁の食堂で、進士が心配そうに声をかけてきた。

「い、いや〜、野明にちょっと話があるんだけど、忙しいらしくって連絡がとれなくてさ」

 はは、と遊馬が力なく笑った。

 途端に進士の眉がぴくりと上がった。



(これはチャンスかも……)


 進士は、この前の呑み会の後の遊馬と野明に何があったのか知らない。
 だから、きっと野明が遊馬の部屋を訪ねた時に、上手く仲直り出来なかったのだろうと思ったのだ。

「なら、遊馬さん。 例の呑み会やりましょうよ! 泉さん、今まで忙しくても呑み会の時間は空けてくれたじゃないですか」

 呑み会にならきっと野明は来るはずだと進士は思ったのだ。

「そうだな……じゃあ進士さん、野明に連絡してもらえるかな?」

 遊馬の頼みに、進士は二つ返事で頷いた。

 進士の精一杯の心遣いを感じ、遊馬は素直に進士の心遣いに感謝した。

「さて、いつがいいでしょうね……」

 進士がスーツの胸ポケットからスケジュール帳を取り出し、カレンダーを確認している。

「あ、来週の金曜日あたりはどうですか」

 来週の金曜日あたりなら、新機種のテストも一段落して、野明のスケジュールも開いているはずである。     
 八王子工場でのテストのデータは、毎日本庁の装備開発課に送られてくる。
 そのデータを見れば、テストパイロットの野明の状態も大体把握することが出来る。 
 新機種のプロジェクトは今週でほぼ終了の予定であった。

「来週の金曜ね……了解。 じゃあ進士さん頼むね」

 遊馬の言葉に、進士は嬉しそうに頷いた。





 野明はここ最近、びくびくと怯えながら生活をしていた。

 そう、遊馬から電話に。

 携帯電話はもちろん、家の電話にも毎日のように遊馬から電話が来ていた。
 だが、野明は留守番電話のまま、居留守を使って電話には出なかった。
 八王子工場なら職場だし、遊馬が本庁に異動になると決まった時の2人の様子が知れ渡っているので、電話なんかはかけてこないと思っていたが、甘かった。
 さすがに携帯や家の電話のように頻繁にはかけてこなかったが。

 あんな格好を見られて、普通に遊馬と話せと言う方が無理な話だった。
 もちろん遊馬と会うなんて冗談ではない。

(何であんなことしちゃったんだろ……うわ〜っ!)

 あの日のことを思い出す度に、顔から火が出そうになる。
 クッションを抱え、ベッドに横になったまま、野明は悶絶した。

 思い出すのは、しがみついた広い大きな背中の温かさ。
 心地よい感触。

 ふっと思い出し、また顔が熱くなる。

 そんなことを繰り返していた時、テーブルに置いてあった野明の携帯が鳴った。

「ひえっ!」

 野明は飛び上がった。
 が、一瞬ビックリしたものの、遊馬とは違う着メロに野明は安堵し、携帯に手を伸ばした。

 液晶画面には、進士の名前。

「もしもし」

「あ、泉さん、進士ですこんばんは〜。 最近忙しいみたいですね。 身体、大丈夫ですか?」

「あ、うん。 もちろん大丈夫だよ〜。 身体が丈夫なのがとりえだもん」

 わざとらしく元気な声で話しをする。
 進士の電話の様子だと、どうやら遊馬はあの日の出来事を話していないようだ。
 
「ならいいんですが……あ、例の呑み会のことなんですが、来週の金曜日あたりはどうかなと思いまして……泉さん、来られますよね!?」

 進士が妙に強気な話し方をしているように思えるのは気のせいだろうか?

 呑み会……今回は遊馬は間違いなく出席するだろう。
 きっと、電話に出なかったことを咎められるに違いない。
 でも、遊馬と顔を合わせるなんて恥かしくて出来ない。
 
 寝顔だけならいざ知らず、しっかりと身体まで見られてしまっている。

 遊馬は自分に何かを伝えたくて、何度も電話をかけてきていたのはわかっている。
 このまま、無視し続けるのがよくないのもわかっている。
 
(でも、やっぱり無理っ!)

 再びあの日のことを思い出し、進士と電話中にもかかわらず、意味不明の言葉を叫び出しそうになるのを、野明は必死で堪えた。

「え、え〜と、来週の金曜日は無理だと思う」 

 このまま遊馬と会わないでいたら、どうなるのだろう。
 今までのこと全てが何もなかったように1人で過ごしていくのだろうか。

 そんなことはない。

 今はまだ、遊馬も自分も今までなかった状況に戸惑っているだけ。

(落ち着いたらきっと……)

 落ち着いたら、またきっと普通に会って話せるはず。
 この前と同じように。

「最近残業が多くて……ごめんなさい」

 野明は嘘をついた。

「え……?」

 進士が、一瞬言葉を止めた。
 野明の予想外の言葉に驚いたようだった。

「あ、そうですか……仕事なら仕方ないですよね……」

 落胆してしまった進士の声に、野明の胸がチクッと痛んだ。

「うん、ごめんなさい……」




 
「来られない?」

「ええ、最近残業が多いからと……」

 進士が寂しそうに言った。

 翌日、本庁の食堂で聞いた途端、遊馬は怒りが湧き上がってきた。

(野明のヤツ、この前の俺と似たような手を使いやがって〜!)

『操縦者と指揮担当は一心同体』とはよく言ったもの。
 よく似た考えの2人であった。 

「あ、遊馬さん……?」

 遊馬から滲み出した怒りの気配に、進士が怯えている。

 どうやったら、野明を呑み会に出席させることが出来るだろう。
 怯えている進士にも構わず、遊馬は考えた。

 そして……。
 

「……よし」

 考えがまとまった遊馬が、納得顔で頷いた。

「来ないつもりならこっちから行ってやる」

「へ?」

「進士さん、居酒屋の予約、野明の分も頼む」

「え? 泉さん来られないんじゃ……」

「いや、何が何でも俺が呑み会に連れて行く」

 決意の固まった遊馬の顔を見て、進士は呑み会が何事もなく終わらないであろうことを確信した。



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