幸せのおすそわけ 3




 ねぇ、遊馬。

 あたし、自分がこんなにズルいなんて思わなかった。

 だって、遊馬から電話が来るのを、ただ待ってるだけだったんだもの……。






 いつも通りに仕事を終え、家路についた野明は部屋のベッドに身体を投げ出し、ぼんやりと天井を見上げていた。

 枕元には携帯電話。



 こうして毎日、遊馬から電話が来るのを待ってる。 

 遊馬に電話をしようか。
 電話をして、あの日のあの時のことを謝りたい。

 遊馬が野明の目の前から去ってから、ずっとずっと考えていたこと。

 ホントは「行かないで」って言いたかったこと。
 言ったら、遊馬は何と言うだろう。

 聞くのが怖い。

 長い付き合いで、遊馬の性格はよくわかっている。

 遊馬がもっとも恐れること。



 それは「自分の居場所」をなくしてしまうこと  



 遊馬にとって野明の隣りは「遊馬いるべき場所」だった。
 特車二課にいたときから、それはわかっていた。
 
 自分の居場所を見つけることが出来た特車二課。
 ありのままの自分を受け入れてくれた仲間達。

 特車二課を離れ、自分の居場所と受け入れてくれる仲間は野明だった。

 その野明に拒絶されてしまった遊馬は、野明から離れてしまった。

 身体も。
 心も。
 
 そのことをよくわかっているから。

 今度遊馬に拒絶されるのは自分かもしれない。



 そう思うと怖くて電話出来ない。
 したくない。

 ずるい。
 自分から動かずに、遊馬が動くのを待っている。

 こんなの自分じゃない。

 でも、どうしたらいい?





 出口の見えない思いをめぐらせていた野明の耳元で、携帯電話が鳴った。
 野明の目が見開かれ、そしてゆっくりと手が動いた。
 携帯電話を手に取り、電話を見る。

 そこに表示されていた名前は遊馬ではなかった。

 電話には『進士幹泰』の文字が電話番号と共に表示されていた。

 

 安堵する自分と落胆する自分がいる。

 野明は複雑な感情を心の奥に押し込め、通話ボタンを押した。

「もしもし」

「あ、泉さん? お久しぶりです、進士です。 こんばんは。 元気でしたか?」

 いつも変わらない進士の丁寧で穏やかな口調。
 特車二課のころを思い出す。

「うん、元気だよ〜。 進士さんも元気そうだね。 多美子さんとユキちゃんも元気?」

「はい、お陰様で」

 進士の声が少し高くなった。
 多美子たちのことが話題に上ったのが嬉しかったらしい。
 しかし、ここで話題を変えておかないと、とんでもないことになるのを野明はよくわかっていたので、素早く話を逸らした。

「あの、進士さん、今日は……」

「あ、あの例の呑み会のことなんですが……」

 旧第二小隊のメンバーは数ヶ月に一度、呑み会と称して集合するのが恒例行事となっていた。
 大した話などありはしない。
 ただ呑んで話をして、騒ぐだけ。
 そう。
 特車二課のころの様に。

「……うん、来週の土曜日ね。 大丈夫だよ……え〜と……」

 野明は一瞬口ごもり、少し間をおいた後、口を開いた。

「……あの、遊馬は……」

 進士に不信に思われないだろうか。
 考えながら、口びるを軽く噛んだ。

「はい、もちろん遊馬さんも参加しますよ。 他の皆さんも大丈夫です。
 ただ、後藤隊長は欠席されるそうです。 当直だそうです」

 野明が口ごもったことを、進士は気にも止めなかった様だ。
 電話の向こうの進士にわからない様に、野明は静かに溜め息をついた。

 進士さんに、遊馬とのことがわかってしまったら、きっと心配して遊馬に自分とのことを尋ねるだろう。
 そうしたら、遊馬は壁を作ってしまう。

 自分にも、他のメンバーにも。

 なるべくなら、遊馬にそうしてもらいたくない。

「……うん、来週の土曜日にいつもの居酒屋に……7時ね。 ……じゃあ来週。 おやすみなさい」

 我慢していた大きな溜め息を吐き出し、ベッドの枕元に電話を放り投げ野明はころんと身体を横たえた。



 来週の土曜日、遊馬に謝らなければ。
 あんなことを言うつもりなんてなかったのに。

 ……何であんなことを言ってしまったのだろう。

 自分で自分がわからない。
 野明は天井を見上げながら、再び思いをめぐらせ始めた。





「泉さん、様子どうでした」

 野明との通話を終えた進士に、ひろみが心配そうに問い掛けた。

「やっぱり、遊馬さんと何かあったみたいですね」

 進士とひろみが大きく溜め息をついた。

 遊馬が本庁に戻ったことにより、遊馬と進士は顔を合わせる機会が当然のことながら増えた。
 出勤、退勤の時はもちろん、食堂で一緒に昼食を摂ることもあった。
 他愛のない世間話をしている時はいつもの遊馬なのだが、話の端に野明の名前が出ると、途端に表情が曇り、話が止まってしまう。
 そういうことに人一倍敏感な進士が、遊馬の様子に気が付かない訳がなかった。

 そこで、進士は終業後ひろみを喫茶店に呼び出した。
 そしてひろみと話し合った結果、野明に恒例の呑み会の連絡を入れ、様子を伺ってみようと言う結論に達したのだった。

「喧嘩でもしたんでしょうか……」

「電話の様子だけでは何とも言えませんねぇ……」

 2人は再び溜め息をついた。

「でも、遊馬さんも泉さんも呑み会のは出席するって言ってたんですよね?」

 ひろみが不安気に進士を見る。

「……とりあえず、呑み会の様子を見てみましょう。 今の段階では2人の間に何があったのかわかりませんし……」  

「……そうですね……」



 この時、進士もひろみも、後々遊馬と野明がとんでもないことになるなど気付く由もなかった。



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