幸せのおすそわけ 1
ねぇ、遊馬。
ホントはね……。
『行かないで』って言いたかったの……。
野明と遊馬の付き合いは4年半になる。
正確には知り合って4年半。
4年前の春、二人は特車二課第二小隊に配属になり、野明は操縦者、遊馬は指揮担当に任命された。
が、野明は最初、遊馬のことがあまり好きではなかった。
何故なら、遊馬は妙に態度が大きく、口がべらぼうに悪かったのだ。
『生まれつき口が悪いんだろう。 きっと』
野明はそう思ったが、それでもやはり遊馬の態度や言葉遣いに腹は立ち、『嫌なヤツ』という感覚が野明の心の中に定着しつつあった。
しかし時が流れ、現場への出動や当直など、『パートナー』として遊馬と接していくうちに、その感覚は少しづつ薄れていった。
と言うのも、仕事をこなすのが精一杯で、そんな細かいことを気にしている余裕がなくなったのだった。
『操縦者と指揮担当は一心同体』
この言葉を合言葉に、二人は時に命懸けで任務を遂行してきた。
ある時は、野明はアルフォンスと共に瓦礫の下敷きになり、またある時は、遊馬は試作品レイバーに搭乗していてグリフォンに攻撃され、怪我をしたこともある。
そんな二人の間には、強い信頼関係が出来上がっていた。
しかし、第二小隊に配属され3年半が経過した去年の秋、野明と遊馬は本庁に新設された装備開発課に転出になった。
そして時を置かずに篠原八王子工場に出向となり、野明は新型レイバー開発のテストパイロットとして。
遊馬はデータ収集などの開発員として工場に通勤していた。
が、遊馬は1ヶ月前に、本庁の装備開発課に戻る様命じられた。
遊馬にも、もちろん野明にも寝耳に水の話であった。
その日、いつも通りに午前中の仕事を終え、工場の食堂のテーブルで野明は遊馬を待っていた。
目の前には、ほかほかと美味しそうな湯気を立てているコンソメスープとチャーハン。
旬の魚である秋刀魚の塩焼きに、遊馬も大好きなシーザーサラダ。
それにデザートのチーズケーキ。
陽射しもだいぶ秋らしくなり、食堂の一面のガラスからは夏の終わりを告げる柔らかい陽射しが差し込んでいた。
(遊馬、遅いなぁ……。 ご飯冷めちゃうよ〜)
思わずうたた寝をしてしまいそうな陽気の中、野明は窓の外を眺めながら遊馬が来るのを待っていた。
どれぐらいそうしていただろう。
「……野明」
突然耳に届いた遊馬の声に野明は驚き、勢いよく振り返った。
「びっくりした〜! 遅かったね……」
つなぎ姿の遊馬の顔を見た野明は途中で言葉を止めた。
いつも通りの遊馬。
でも何かが違う。
瞬時に遊馬の異変を察知し言葉を止めた野明が遊馬の顔を見上げた。
そして戸惑いながら口を開いた。
「……何か、あったの?」
野明の問いに、少し躊躇した後、テーブルを挟んで野明の向かい側の席に腰を下ろした。
やけにゆっくりとした動作で動く遊馬に、野明は言い様のない不安を感じていた。
腰を下ろしてから、遊馬も野明も何も話さず、二人の間に少し気まずい様な空気が流れた。
遊馬が野明に話さねばならないことがあるのは明白ではあった。
短くて長い沈黙を破り、遊馬は低い声で言葉を絞り出すように言った。
「……来月の……」
遊馬は一度言葉を止め、野明の顔を見た。
野明は不安に押し潰されそうな瞳で真っ直ぐに遊馬の目を見つめていた。
遊馬は膝の上に置いた手を握り締め、野明から視線を外してうつむいた。
そして再び野明と視線を合わせ、言葉を紡いだ。
「来月の10月1日付で、本庁に戻るように通達があった」
「……え……?」
一瞬、全ての音が消えた。
(……何か言わなきゃ……でも何を言ったらいい……?)
ずっと一緒だった。
特車二課にいた時から。
ずっと一緒にいたかった。
でも、いつまでも一緒にいられないことも心の何処かでわかっていた。
そして、その時がとうとう訪れてしまった。
「野明……?」
黙り込んだまま俯いた野明を心配した遊馬が、テーブル越しに野明の顔を覗き込んだ。
遊馬と目を合わせることが出来ずに、野明は口びるを噛み締め、思い切って顔を上げた。
そして野明は笑った。
野明はその時出来る最高の笑顔を見せた。
はずだった。
離れてしまうのなら、笑顔で見送ってあげたかった。
「……おめでとう」
(うそ。 ホントに言いたいことはこんなことじゃない)
「……本庁に戻ってもたまには呑みに誘ってよね」
(違うの! こんなこと言いたいんじゃない! ホントは……)
野明の口から飛び出すのは、自分の心の叫びとは正反対の言葉。
そんな野明の言葉を聞いた遊馬の顔から、すうっと血の気が引く様に表情が消えた。
野明にはそう見えた。
「お前……その言葉は本心なのか……?」
肯定も否定も出来ない。
黙ったまま、下を向いてしまった野明を見つめて、遊馬は溜め息を一つ付いた。
「……わかった。 今まで色々世話になったな」
遊馬が立ち上がった。
「待って遊馬! 違う……」
椅子から立ち上がった遊馬を呼び止めようと、野明は顔を上げ立ち上がった。
その時に見た遊馬の顔は。
まるで知らない他人の顔。
遠ざかっていく遊馬の背中は、野明を完全に拒絶していた。
そして、野明はそのまま立ち尽くしたまま、遊馬の背中を見送った。
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