雨


「元気か?」


 朝から降り続く雨を窓ガラス越しに見つめながら、呟いた。



 最後に会ったあの日も雨だった。


 
 緋の目を奪還するためにノストラードに潜入していたわたしは、もう有益な緋の眼の情報は得られないと判断し、ノストラードから辞することを決意した。

 これからは、緋の目の有益な情報が手に入り次第、世界を飛び回ることになる。


 ノストラードにいた頃のように、自分の拠点となる場所もなくなり。


 そして、もう。


 きっと、彼らにも会うことはなくなる。



 『もう二度と会えない』 



 そう思った時、ふっと脳裏に浮かんだのはレオリオの笑顔だった。



 短気で、粗暴。

 でも、誰よりも暖かな心を持つレオリオ。


 最後に、彼に『会いたい』と心から願った。


 そう思った途端、居ても立ってもいられず、 わたしはヨークシンで教えられて以来、かけた事のない携帯電話の番号を表示し、通話ボタンを押した。




 いつから、レオリオをこんな風に思うようになっていたのだろう。

 
 ヨークシンの飛行場で見送ってもらってから、ずっと。

 ずっと、レオリオのことを考えていた。


 仕事の合間のふとした時。

 一日の仕事を終えて、疲れた身体をベッドに投げ出した時。


 思い出すのは、レオリオの笑顔と、わたしを呼ぶ優しい声。



 船上で初めて出会い、決闘をしたあの時の怒りに満ちた顔でもなく。


 ヨークシンで倒れたわたしを、つきっきりで看病してくれた時の心配そうな顔でもなく。



 デイロード公園で、電話越しにわたしを呼んだあの声と笑顔。


 レオリオへのこの思いは、あの時からだと思った。
 

  
 

 たった1コール呼び出し音が鳴っただけで、レオリオは電話に出た。


 嬉しくて、思わず声が上ずりそうになるのを抑えて、努めて冷静を装う。

 ノストラードを辞して、時間が取れたことを説明し、明日レオリオの元に向かうことを手短に伝えて電話を切った。




 飛行場に迎えに来てくれたレオリオは、わたしを見つけるなり大きな声で名前を呼び、人ごみを掻き分けて走ってきた。

『久しぶり』と挨拶をする間もなく、いきなり抱きしめられた。

 人目をはばからない大胆な行動を咎めようとわたしは口を開きかけたが、レオリオのぬくもりを感じた瞬間、声にしようとした言葉は身体の奥で霧のように消え去ってしまった。



 泣きたくなるような優しい体温が身体の隅々まで行き渡った頃、レオリオがなごり惜しそうにゆっくりと身体を離した。

 わたしの顔を見て、微笑んで。


 そしてわたしの手を取り、歩き始めた。




 レオリオのアパートはさほど広くはないものの、レオリオ一人が生活するには十分な間取りだった。

 
 ダイニングテーブルには参考書と、朝使用したのであろうコーヒーカップ。

 レオリオの日常を垣間見て、知らず知らずに口元が綻んでいたらしい。


『あまりじろじろ見るな』とレオリオに諌められたのも、何故だか嬉しかった。




 レオリオの作ってくれた夕食はどれも美味しく、久しぶりにのんびりと食事らしい食事を摂った。



 何を尋ねる訳でもなく、何を問う訳でもなく。


 お互いの存在があるのが当たり前のような空間で。



 何時の間にか滑り込んだ眠りと現実の境界で聴こえていたのは、レオリオの優しい声と、雨の音だった。





 目覚めると、外は銀糸のような雨が降り続いていた。

 そして目の前には、寝起きのわたしの顔を見て笑っているレオリオがいた。


『人の寝起きの顔を見て笑うなんて失礼だ』と怒るわたしの文句を受け流して、レオリオはミルクティーを私の手元に差し出した。

 レオリオの入れてくれたミルクティーは仄かに甘く、寝起きの身体にゆっくりと力をめぐらせてくれた。



 レオリオの作った食事を摂って、また昨夜と同じように、お互いの存在を邪魔することのない、穏やかな空間の中を静かに時間は流れていった。



 

 どれくらいの時間が過ぎたのか。



 わたしはふいに、この空間と時間が恐ろしくなった。


 お互いの存在を気にすることなく、自分を何も飾ることなど必要のない空間。

 

 このままこの空間に、レオリオと一緒にいたいと心が叫び始めた。



『もう二度と会えない』から。


 
 少しだけ。

 ほんの少しだけ、レオリオを笑顔を見たかっただけなのに。 




『緋の目奪還』はわたしの悲願なのに。



 こうしてレオリオの作り出す居心地のいい空間に。


 身も心も沈めてしまいたい。






 もう、ここにはいられない。





 ふと顔を上げると、レオリオと目があった。


 何も言わずにレオリオは立ち上がりわたしに近づき、震えているわたしの手を取り、握りしめた。



 どれくらいそうしていたのか。




 わたしの手の震えが止まり。




 お互いに見つめ合い。



 静かに降りてきたレオリオのくちびるを、わたしは受けとめた。





 止むことを知らないかのように降り続ける雨音を聴きながら、わたしたちはお互いを求め合った。



 何も伝えられないまま。




 ただ一緒にいたいだけなのに。



 
"ほんとに ほんとに"



 ずっと、そうしていたかった。



 
"世界中で一番 君が"



 何ものにも変えられない。



 
"君が 好きだった"



 大切な人だった。



 
"わかったんだ"



 もう戻れない。



 
"わかってたんだ"




 

 あの日夜が明けるのを待って、わたしはレオリオの腕から抜け出して、そっと身支度を整えた。

 静かに荷物を抱え、もしかしたら目覚めているのかもしれないレオリオのそばに膝をつき。



 そして一言、言の葉をレオリオの背中に残して、部屋を後にした。









 あの日と同じように、雨は降り続いている。



 


 そして、窓の外を見つめたまま、あの時と同じ言葉をくちびるにのせた。



 『愛しているよ』






 
"愛しているんだよ" 


 "もう遅いけれど"
  

先日、発売になった安全地帯の新しいアルバムから。

『オレンジ』にしようかと迷ったのですが、今回はこっちにしました。

初クラピカ視点。


クラピカ視点の話は難しいと判明。

レオリオ視点の方が書きやすい…。