「お〜い、野明。 準備出来たか?」

 今日は近所の神社の夏祭りの日。
 これからそのお祭りに行くために、遊馬は先に浴衣に着替えて居間で待っていた。
 野明は浴衣を着るために寝室にこもっている。
 男は簡単だが、女は色々と大変らしい。

 声を掛け、遊馬が寝室のドアを開けると、野明が真っ赤な顔をしながら、鏡の前で帯の形を整えている。
 鼻の頭に汗をかきながら、帯と格闘しているところを見ると、やはり暑いのだろう。
 エアコンがきいているとは言え、窓から見える風景は橙色の夕日が容赦なく照りつけ、外の気温の高さを主張している様だった。
 
 野明の着ている浴衣は、藍色の地に黄色い多弁の花柄。
 柄に合わせて黄色の帯と、髪には浴衣の地に合わせた藍色の花の飾り。

 野明のちょっと子供っぽい雰囲気によく合っている。
 
「お! 上手く出来たじゃん」

 遊馬の言葉に、野明が無邪気な笑みを浮かべた。

「えへへ〜! 商店街の八百屋のオバちゃんに教えてもらったんだ〜♪
 遊馬も上手く着れたじゃない!」

 鏡越しに遊馬に声をかけると、遊馬は黒に近い濃い灰色の浴衣の胸元の合わせに手を入れ、笑った。

「男の浴衣なんて合わせて帯を結ぶだけだからな」 

 やっと帯を結び終わったらしい野明は、帯をくるりと背中に回して、背中の帯を鏡に映した。
 満足の出来る結び方だったのだろう。
 ふう、と大きな声を漏らし、肩から力を抜いた。

「よし! 出来上がり! どう?」

 遊馬を見て、にこりと笑う。 
 そして浴衣の袖を広げ、はにかんだ笑顔を浮かべながらその場でくるりと一回転した。
 その時、不意に見えたうなじがいつもより艶っぽく見え、遊馬の心臓が急に速度を増した。

「……」

 遊馬が何も答えないので、野明が途端に不安そうな顔をした。

「遊馬……変……? あたし、浴衣似合わない……?」

 泣きそうな顔して、小さな声で問い掛ける野明の顔を見た途端、遊馬は我に返った。

「あ、いや、似合うよ! 似合うけど……」

 遊馬が珍しくゴモゴモと言葉尻を濁す。

「けど? ……何?」

 何?と問い掛けられても、遊馬は答えられなかった。
 ちょっと深めに抜かれた浴衣の襟足から見えた、野明の白いうなじにどきりとしたなんて、恥ずかしくて言えなかったのだ。

「ねぇ、何?」

 頬を真っ赤にして黙りこくったままの遊馬の様子を不信に思った野明が、執拗に追求してくる。

「え、あ〜、その、何だ……」

 野明の視線から目をそらし、遊馬はそっぽを向いた。

「何!?」

 つい先程泣き出しそうな顔をしていた人物と同一人物とは思えない口調で、遊馬に詰め寄ってくる。
 勢いに気圧されてじりじりと後退りしていた遊馬が小さく溜め息を付いた。
 野明の強気な言動に敵わなかったらしい。
 そして野明から目を逸らしながら、ゆっくりと口を開いた。

「……お前のうなじにどきっとしたんだよ!」

 半ばやけくそになって遊馬が叫ぶと、野明は一瞬フリーズし、そして見る見る間に顔を真っ赤にして、うなじを隠す様に、首の後ろに両手を当てた。

「な、何言ってんのっ!」

 照れながら、だんだんと後退りしていく可愛らしい野明の様子が、遊馬の悪戯心に火を付けた。
 こんな野明の仕草に遊馬が弱いことを、野明は全く知らないのだ。

「何? お前照れてるの?」

 野明のうなじにときめいて照れていた遊馬は何処へやら。
 今度は挑発的な笑みで野明に一歩、また一歩と近付いていく。
 遊馬との距離を保ちながら後退りしていた野明は、背中が壁に当たり、逃げ場をなくしてへたっと座り込んだ。

「どうした? 顔赤いぞ?」

 遊馬が野明の顔を覗き込む様に、膝をつく。
 今度は遊馬が攻撃に出たらしい。 

「だ、だって……」

 野明が真っ赤な顔で呟く。

 前屈みになって、野明を挟み込む様に手をついた遊馬の胸元がはだけて、艶のある広い胸があらわになっている。
 野明は恥ずかしくて、目をそらした。
 こういう時の遊馬は、誰よりも男らしくて魅力的な表情をする。
 野明はそういう遊馬に弱いのだ。

 目の前にある遊馬の胸が、遊馬が男であると主張している様で、野明は少しずつ体温が上がるのを感じていた。

「目ぇ、逸らすなよ……」

 遊馬の体温を感じ、野明は戸惑いながら視線を遊馬に戻した。
 
「野明……」

 少し低い声で野明の名前を呼んだ遊馬の口びるが近付いてくる。

「あ、遊馬……時間……なくなっちゃう……」

 小さな抵抗を示した野明の言葉に、遊馬は優しく微笑んだ。

「大丈夫だ。 まだ時間はたっぷりある」
 


 野明は、遊馬の声に吸い込まれたかの様に、吐息を漏らし、静かに瞳を閉じた。 

 2人の「艶」な時間はこれから―