WINE



「綺麗だったね」

「そうだな」

 玄関で履き慣れない靴を脱ぎ、遊馬と野明はリビングのソファに腰を下ろした。
 野明の着ている淡いラベンダー色のワンピースの裾がふわりと舞うのを、遊馬は隣で静かに見つめた。

 今日は友人の結婚披露宴だった。
 篠原八王子工場の従業員同士の結婚で、新郎新婦共に25歳。
 遊馬と野明に歳が近いこともあり、遊馬がまだ八王子工場に出向していた頃は、終業後4人でよく食事に行ったものだった。
 遊馬が篠原に入社してからも、遊馬が八王子工場に出向していた時ほどではないにしろ、4人で買い物に行ったり、映画を観に行ったりと何かと頻繁に会っていた。
 
 その2人が結婚する。
 そう本人達から聞かされた時、遊馬と野明はとても喜んだ。
 八王子工場に出向した時から、ずっと一緒にいた仲のよい友人が結婚するのだ。
 嬉しくない訳がなかった。
 そして、そんな2人を見て、遊馬はある決心をしたのだった。

 特車二課時代からずっと一緒だった。
 ケンカもしたけれど、気が付いた時には、野明は公私共に遊馬のパートナーであった。
 遊馬が警察を辞め、篠原に入社すると決めた時も、

『遊馬の決めた様に』

 野明はただ一言、微笑みながらそう言った。

 ずっと一緒にいた2人にとっての始めての別離であったが、もちろん、お互いの気持ちは充分に理解していた。

 離れていても、お互いを見つめている。
 
 しかし、遊馬が八王寺工場を後にする時。

 野明が泣いた。

 ロッカーに置いてあった荷物をVWに全て積みおわり、開発課に行き挨拶を終えた瞬間、野明が涙を落とした。
 ずっと我慢していたのだろう。
 野明は子供の様に泣きじゃくった。

 そんな野明を遊馬は静かに抱きしめた。

 開発課のメンバーが見つめる中、野明は遊馬の腕の中で声を出して泣き続けた。
 いつまでも一緒の場所にはいられない。
 自分達にとって、別々の場所へ進むのも必要なことだとわかっていた。

 悲しかった。
 辛かった。

 それは2人の試練であった。

 遊馬の決心。
 それは、篠原に入社し、自分の役割と場所、そして進むべき道を確立した時に、野明と一緒になろうということだった。

「ねぇ、遊馬。 引き出物何かな?」

 時間にしてものの数秒のことだろう。
 少し前の出来事を、まるで何年もの長い間忘れていた遠い過去の様に、脳裏に映し出していた遊馬を、野明の声が現実に引き戻した。

 キラキラと瞳を輝かせて、引き出物の箱を見つめる野明を見て、遊馬が吹き出した。

「ちょっと〜! 何で笑うのっ!」

 目に涙を浮かべて、遊馬は笑い続ける。

「お前、こういう物の中身気になって仕方がないんだろ? 二課にいた時も、届いたお中元やお歳暮、後藤隊長に言う前に開けようとしてたもんな。 その度に、進士さんやひろみちゃんにその度に止められて」

 野明はぷ〜っと頬を膨らませた。

「で、でも気になるじゃない! こういう物の中身って。 ……遊馬は気にならないの?」

「あんまり気にならないな……。 野明は気になるんだろ? 開けてみろよ」

「うん!」

 嬉しそうに包装紙を剥がし、野明はそっと箱の蓋を開ける。
 箱に入っていた物。
 それはハーフボトルのワインだった。
 ボトルを挟んでペアのワイングラスが並んでいる。

「ねぇ、これ今日の日付と新郎新婦の名前が入ってる」

「ほんとだ」

 ボトルを箱から出し、遊馬と野明はボトルを見つめた。

「……オーパース1……て書いてあるのかな?」

 野明の問いに遊馬がボトルのラベルを読む。

「……だな」

「どういう意味?」

「協奏曲第一章って意味……だったと思う」

「へぇ……協奏曲第一章かぁ……」

 野明が溜め息のように言葉を紡ぐ。

「これから長い人生を2人で演奏していくんだね……」

 少し考え込むように沈黙したあと、遊馬が口を開いた。

「……夫婦ってワインみたいなものなのかもしれないな」

「……ワイン?」

 遊馬の言葉に、野明が不思議そうに首をかしげる。

「時間をおいて、熟成されたワインが香りも味も深みを増す様に、夫婦も時間が経てばきっと深みを増して、香りも味もいい夫婦になるんじゃないかな」

「香りも味もいい夫婦か……。 何かいいね」

 野明が目を細めて笑う。

「だろ? だから……」

 不意に遊馬が言葉を切って、野明の顔を見た。
 遊馬の真剣な眼差しに、野明も思わず顔を引き締めた。

「だから……俺たちもそんな夫婦にならないか?」

 遊馬の言葉に、野明が大きな瞳から涙が零れ落ちた。

「……あたしでいいの?」

 涙に濡れた野明の問い掛けに、遊馬は優しく笑った。

「お前以外に誰がいるんだよ……。 俺と一緒に熟成された夫婦になろう」

 こくんと野明が頷いた。

「遊馬……」

 笑顔で両手を広げた野明を、遊馬が力強く抱きしめた。

「……ワインみたいな夫婦になろうね」

「ああ」


 最初はすっぱいかもしれないけれど、2人で時間をかけて、ワインの様に深みを増す、熟成した夫婦になろう。