桜 咲く



「もういいよっ! バカッ!」

 ボクはそのまま携帯電話を切った。

 今日は久しぶりのオフ。
 だから、あいつと一緒に出掛ける約束してたのに。
 約束の時間になっても、あいつは来なかった。
 何度も電話して、やっと電話に出たと思ったら寝ぼけてて、「二日酔いで今日は無理」ってどういうこと!?

 いくら温和なボクでも、怒っちゃった。

 せっかく一緒に出掛けられると思って、洋服も一所懸命選んだのに!
 映画の撮影で、忙しいのはわかってるけど……。

 僕だって、ドラマの撮影とかでスケジュールはびっちりだったんだぞ!
 やっとの思いで貰った休日だったのに……。
 
 ……もう、いいや。
 せっかくのオフなんだから、遊びに行こう。
 買い物だって、1人で出来るし。



 着替えて、変装用のメガネをかけて、街を歩く。
 以前、変装しないで出掛けて、ボクだってばれちゃって大騒ぎになったことがあったんだ。
 次の日、マネージャーと事務所の社長に大目玉喰らっちゃった。
 それから、メガネをかけたりして、変装して出掛けるようにしてる。

 少し見ない間に、街はすっかり春めいて。
 ショーウィンドーの洋服も、すっかり春色。

 あ、このスカート可愛い。
 淡い桜色のフレアースカート。
 ディスプレイされてる服を少し眺めて、歩き出そうとした時ふと街路樹を見上げると、春の陽射しの中、桜の蕾が膨らんでるのが目に入った。

 そっか〜。
 もう桜の季節なんだ〜。

 まだまだ蕾は小さいけど、満開になったら綺麗だろうな〜。

 あいつと一緒に見たいな。
 お花見しながら、お酒呑んでみたいな。
 あいつはボクのこといつも子供扱いするけど、今年から大人だからお酒だって呑めるんだぞ!
 
 ……あいつのことは「もういい」って思ってるのに、何で思い出しちゃうんだろ。

 ええいっ!
 あいつのことはもういいんだってば!
 今日は1人でのんびりするって決めたんだから!



「……あ」 

 あらためてそう決心して、大股で歩き出したボクの目に飛び込んで来た、見覚えのある人。

 僕と同じくらいの身長。
 少し色素の薄いくせッ毛。
 小さな顔に大きな瞳。

 


 うそ!
 泉先輩!?

 ボクがお世話になったレイバー隊のヒトで、ボクの教育係だったんだ。
 そして大好きな先輩。
 ボク、レイバー安全週間の間、名誉巡査に任命されて、レイバーに搭乗してパレードしたことがあったの。 
 それでね、アルフォンス……あ、泉先輩のレイバーの名前なんだ。
 カッコいい名前でしょ!?
 あ、そうそう。
 それでね、入隊一日目に、ボクうまくアルフォンスを操縦することが出来なくて、アルフォンスを転がしちゃったの。
 ボク、怖かったのと、ビックリしたのとで泣きそうになっちゃったんだ。
 でも、その時に泉先輩に叱られて、ボク思ったんだ。

「ああ、泉先輩って絶対優しいヒトだ」って。
 
 ボクの思った通り、泉先輩って優しいヒトだった。
 体力のないボクのために、一緒にランニングをしてくれて。

 ……その時に、ボクに間違われて誘拐されちゃったんだけど。

 でも、泉先輩は無事に帰ってきたよ!
 遊馬さんのお陰で。

「泉先輩を帰して欲しければ、イングラムをよこせ」っていう誘拐犯は言ってきた。
 太田先輩は、イングラムを渡すのは猛反対してた。
 けど、遊馬さんは知恵と勇気で、泉先輩を取り返したんだ。
 もちろん泉先輩は無事だったし、イングラムも渡さなかったよ。
   
 でね、ボク、誘拐犯と電話で話をしている遊馬さんの顔を見た時思ったんだ。

「ああ。 遊馬さんって泉先輩のことが好きなんだ」って。

 そのことを泉先輩と遊馬さんに言ったら、2人ともすごく慌てて

「そんな関係じゃないっ!」って言ってたけど。

 ふふん。
 ボクの目はごまかされないんだから!
 ただ、泉先輩も遊馬さんも気付いてないだけなんです。

 

 誘拐事件があってちょっと大変だったけど、泉先輩のお陰でレイバー安全週間のパレードで、上手にアルフォンスを操縦することが出来た。
 
 たった一週間だったけど、第二小隊の隊員になれて嬉しかった。  


 


 あれからずいぶん経ったけど、久しぶりに見た泉先輩はとっても元気そうで、ボクは安心した。  

 あれ? 
 泉先輩、今日は1人なのかな?
 でも、誰かと待ち合わせしてるような感じがする。

 どうしよう。
 声掛けてもいいかな?
 ボク、1人だし。
 それに、もし泉先輩に会えたら、話したいことがいっぱいっぱいあったんだ。

 思い切って声を掛けてみようかな。

「いず……」

「お待たせっ!」

 その時、泉先輩に声を掛けたのは……。

「遊馬、遅〜いっ!」

 その口調とは正反対の泉先輩の満面の笑顔。

「ごめんごめん。 寝坊しちまって」

 苦笑いしながら、謝る遊馬さん。

 遊馬さん、相変わらずですね。
 でも、少し雰囲気が変わったみたい。
 僕があった頃は、「年の近いお兄ちゃん」って感じだったけど、今は「落ち着いた大人の男のヒト」の雰囲気。

「遅刻したバツにお茶、ご馳走してよね!」

 くすくすと笑いながら、泉先輩が遊馬さんの顔を覗き込んで。

「はいはい。 わかりましたよ」

 すると、さりげなく泉先輩が遊馬さんの腕に自分の腕を廻して。
 そして、篠原先輩も廻された腕を自然に受け止めて。

「あのね、すぐそこのオープンカフェに「お花見セット」ってメニューがあったの。
 それがいい!」

「ああ!? 「お花見」って昼間っから酒呑む気か!?」

「違うよぉ! 桜餅と抹茶のセットだよぉ! 
 いくらなんでも昼間からお酒なんて呑まないよ!」
 
「何だ、違うのか?」

 他愛のない会話をしながら、泉先輩と遊馬さんは遠ざかっていく。
 幸せそうに笑いながら。



 よかった。
 泉先輩も遊馬さんも、気付いたんだね。

 泉先輩と遊馬さんの心の中でずっと蕾のままだった桜は、やっと咲いたんですね。
 きっと、満開に花びらを広げて。

 でも、遊馬さん。
 大好きな泉先輩を泣かせたら僕が許さないからね!
 もし泣かせたら、泉先輩のアルフォンスでお仕置きだからね!

 遊馬さんと泉先輩の遠ざかっていく後姿を眺めていたら、携帯が鳴った。
 
 さっきまでは、ボクすごく怒ってたんだけど、二人の幸せそうな姿を見たら、硬く強張っていた気持ちは何処かへ行ってしまった。

 

 携帯の画面を見る。
 ……あいつだ。

 やっと目が覚めたんだな、きっと。
 そして、焦って電話してきたんだと思う。

 まったく、仕様がないなぁ。
 思わず笑ってしまう。

「もしもし」

「もしもし、俺だけど……ごめん!……」




 仕様がないから、許してあげようかな。

 ボクの心の桜はまだ咲き初めたばかりかもしれないけど。

 

 でも、きっといつか

 桜 咲く。