A.N

木幡朝歩



 オレは猫だ。

 名前はもちろんちゃんとある。しかも二つ。
 何故二つもあるのか…は、オレ自身よく分からん。ご主人の「スイキョウ」ってヤツなんだろう。
 自慢は長いスッと通った尻尾と、猫のワリには頭が良い…いやいや待てよ、フツーの猫より頭が良いってとこかな。
 後2ヶ月くらいで生後1年。人間で言うと、18歳と少しってとこ。オレという一人称で丸解りだけど、レッキとしたオス、デスよ、ハイ。
 一応ノルウェイなんたらと日本猫のミックスだとかなんとからしいが、オレはオレなんで、そんなんどーでも良い。

 さて、オレの名前は二つもあるわけなんだが、ご主人は、オレと二人きりの時には…まぁようするに家の中だな、もっぱら片方の名前でしか呼ばない。

 皆が知ってる外用の名前も格好良いので気に言ってはいるけれども、ウチ用の名前もまんざら嫌いじゃない。嫌いじゃないんだけど…。まぁ、それはいい。

 ご主人の名前は「野明」って言う。だけど、時々ウチに蟹とか(食いでがありそうで狙うんだけど、野明は「腰抜かしちゃうからアンタはダメ!」ってほぐしたのを少ししかくれない。)荒巻ジャケとかお酒とか、そーいうの運んでくる人たちは野明のことを「イズミサン」と呼んでいるから、野明も二つ名前があるらしい。
 でもオレにとっちゃ、野明は「野明」ってのが、一番しっくりくるし、似合ってると思ってる。

 野明は、「てすとぱいろっと」って仕事をしているらしい。朝出て行って、夜帰ってくる。その間、オレは猫用の出口から外に遊びに出たりテレビを見たり、白黒の変な形のぬいぐるみ―――「いんぐらむ」とかいうのだそうだ―――につっかかっていったりして、時間をすごしている。あ、ちなみにテレビを見れる、なんて特技を持っているのは、ここいらの猫じゃオレくらいなもんだろう。(これもちょっと自慢ね。)いつだったか、テーブルの上のリモコンにじゃれたら、突然、テレビが点いて。何度かの実験の結果、赤いボタンと肉球で押せばテレビがつくもんだ、ということを理解した。野明がいつもやってるように画面は変えられないから点けて、消すだけだけど。
 野明のいない部屋はつまらない。だから、テレビをつけて人の声とか音がするってのは、なんとなく(本当になんとなく)ホッとする…。すぐ飽きるけど。
 なんか近々「引越し」をするらしく、部屋の中にダンボールの箱が増えてるんで、最近はそれの探検するのが態のいい暇つぶしになっている。





 今日は朝からじとじとといやーな雨が降っている。
 オレは外に出かけるのを諦めて、テレビを見たり、イングラムで遊んだり、ダンボール探検なんかもしたんだけど、いつの間にか寝てしまったらしい。(雨の日ってどうしてこうも死ぬほど眠いんだろう。不思議だ。)
 部屋も真っ暗。テレビまたつけるかなぁ、とか考えてると、カチャカチャと玄関から音がした。 
(野明だ!)
 玄関にダッシュして、ドアが開くのを、今か今かとまだるこしく待っていたら、ようやく開いた。

「ただいまーっ!」

(おかえりー…って、おい、お前もかよっ!)

「よっ!アル、邪魔すんぞー」

 ほ・ん・と・に、なーっ!
 
 野明の後ろから顔をだしたヤツ、遊馬にオレはげんなりした。


 遊馬は、オレがおふくろとさよならして、ここに来た時にも野明と一緒にいて。一緒に暮らしてるよーなそうでないよーな、不思議なヤツ。
 遊馬がここに泊まる日には、いつも何かしら、オレのツボにハマるおもちゃを持ってきて、これでもかってな勢いで、遊んでくれる。そりゃもう容赦ないほど。で、ぐったりしたオレを更にイジる。ようやく気持ち良く寝かかってるとこを全部の足ひっつかまれて床を転がされる『モップ』ごっこなんてその最たるもんで…。逃げ出すか、妨害も気にならないほど疲れて眠ってしまうかまでそれは続く。
 結末はいつも同じ。………その日はオレはいつも寝ている場所<野明のベッド>で寝れない。居間にさえ入れなくなる。目が覚めると、クローゼットの中だとか洗面所だとか。(いつだったかなんて乾燥器の上だったこともある)とんでもないとこで寝かされてんだ、絶対。
 オレの力じゃそこから出れなくて(降りれなくて)、鳴く他なくて。その内、野明か遊馬が助けに来てくれるけど、そういう時の野明からは遊馬の匂いがするし、遊馬からは野明の匂いがするしで鼻が混乱しそうになって仕方ない。…最近もう慣れたし、オレ自身ももうその意味が解らんでもないお子さまじゃないけど、さ。遊馬の遊びはオレへの教育的配慮ってヤツか、途中で邪魔されたくないか(恐らく後者)なんだろう。…や、もうオレも大人だし?別にいいんだけどね、そういう配慮とか、んなもん。
 
 さて今日は何持ってきたんだろうね、遊馬のヤロウは。

 居間に入って、ほれ、と目の前に置かれたのは、蓋の着いた小さな籠。なんか見覚えあるよーな、ないよーな。…ん?中からなーんか気配?みたいなの、が…。
 かぱっと開けられた蓋、中を覗き込んだオレは硬直した。
 でっかいたんぽぽの綿毛。…じゃない、小さな小さな、猫。
 全体的には白っぽくて。で、耳の端っことか、ちっちゃぇ足の先とかが茶色。なんかオレのと逆だな。(ってもオレは茶じゃなくて黒だけど)
 遊馬が持ってきたモンだしな…ぬいぐるみか? そろっと手を出して、ちゃいちゃいとつついてると、ふるふる震えて、目を開けた。
 うわっ!生きてるっ!生きてるゾ、このちび!
 思わず飛びずさったオレに野明も遊馬も笑ってる。
「おい、アル。その反応はどうかと思うぜ?」
 遊馬がオレの頭を指でつつきながらからかうけど、んなモン知るか。オレはとにかくそのちびから目を離せずにいた。
 最初寝惚けてるみたいにしぱしぱと瞬きして、くぁ、と大きな欠伸一つ。きょろきょろ辺りを見回して…で、オレの方をじっと見た。
 あ、でっけぇ目。
 猫なんだから、当然っちゃ当然なんだけどそれでも印象的なおっきな目。青みがかった灰色というか、銀色っぽいような。綺麗な目。なんか馴染みのあるような…。んーすごく知ってるような、変な気分。
 一瞬オスかな、とも思ったけど、このチビ、メスだ。
 ちょっと小首を傾げてオレの方を見たチビは「あ」と声を上げた。満面の笑顔で、バスケットの縁に手をかけて伸び上がった。
 って、おい!やばいって!お前まだガキで小さいんだから…って言う前に。
 どて。
 っと物の見事に、バスケットごと転がりやがった。…ほら見ろ。いわんこっちゃない。
 泣く…?泣くよな? やだなぁ、泣かれるの。こういうチビっこいのとか女【メス】が泣いたら、うるさいんだよなぁ。なかなか泣き止まねーし。
 そろそろとオレがバスケットの方に近づいていると、野明が転がったバスケットを戻した。
 何が起きたのか解らない、見たいな感じできょとんとしていたチビは泣いてなかった。…意外に根性あんのな、コイツ。
「おい…お前」
「…あ!」
 『ちび』はすっくと起き上がるや否やまっすぐオレの方に駆けてきた。

 おい、おいおいおいおい…!

「『いんぐらむ』だーっ!」

 そっちかよっ!
 ちびはオレを素通りして、真後ろにあった『いんぐらむ』に突進していった。
 クルクルと喉を鳴らしては擦り寄ってる様にオレは唖然としてそれを見ている他なかった。

「…ホンッとコイツ、イングラム好きだなー」
「遊馬、何か変な教育してるんじゃないの?」
「俺が? まさか」

 野明と遊馬の会話を聞きながら、オレはちびの様子を眺めて、やっぱり思う。
(変なちびすけだな、こいつって)
 一頻り懐いて満足したのか、ちびはぽてっと床の上に伸びた。
「おい、大丈夫か?」
 声をかけると、ようやくちびはオレの方をじっと見た。
 …さっきもちょっと思ったけど、黙ってると意外に可愛いのなコイツ…って、オレはロリコンの気はないぞ。コイツてんでちびなんだし、まだガキだしっ!(まだ生後3ヶ月くらいじゃないのかな、大きさとか頭の重さに負けそうなトコみると。…生後3ヶ月ってったら人間で言うと、5歳とかだぞ!5歳!)
 慌ててぶんぶんと首を振る。
「あすま…?」
 ぎくり、と思わず尻尾が総毛だった。
 な、なんでコイツ知って…。
「あすまパパとおんなじ、おめめののいろ、だね。おにーちゃんのおめめ」
「遊馬パパぁ…?お前のご主人、遊馬なのかよ」
 うん、とちびは頷いた。
「『いんぐらむ』、好きなのか?」
「カッコいー!」
「…そうなのか?」
「おうちにあるの、のあママといっしょなの…しゃしん?とかいうのあるよ?」
 野明ママと来たか。
 あー、解った!コイツの目、道理で見たことある筈だよ。
 野明のとそっくり一緒なんじゃねーか。…遊馬がこいつ選んだ理由ってそういうことかよ。
「…お前いくつ?名前は?」
「おにーちゃんがおしえてくれたら、いう」
「じゃ、いわね。お前『ちび』で決定な」
「おにーちゃん、いじわるだっ!」
「へーへー、勝手に言ってろ、云ってろ」
  くるりとちびに背を向けて、飯でも食うかな、と歩き出そうとした…が。動けん。尻尾が重い。
「…お前ね」
 ちびが尻尾にしがみついてやがる。
 ま、半分は動くものに反応する条件反射なんだろうけどさ…。
「ちびでもおまえでもないもっ!」
「じゃ、名前教えろよ」
「おにーちゃんだって!」

 らちがあかねーな。本当に。
 面倒臭いなぁ、どっち名乗ればいいんだよ。

「…オレは、ア…」

「おう、アスマ! ノアと遊んでくれてんのか。ありがとな」

 ぐりぐりと頭を撫でられて、オレは思わず返事をする。
「別に遊んでるワケじゃねーよ…」
 勿論、遊馬にはニャァとしか聞こえないだろう…けど…。って、おい!

 なんで遊馬が、オレのもう一つの名前知ってるんだよ! 野明…は、言うワケねーよな。(一番知られたくない相手のワケだし。)

 何故?何で?

 混乱した頭で野明を見ると、カップ(コーヒー入ってんだ、匂いからして)を持ったまんま固まっている。

 尻尾は相変わらず重いし、チクチク痛い。ちびのヤツ、本気でじゃれてやがるな。
…忘れてんな、コイツさっきまでのやりとり。…お馬鹿め。

 遊馬がひゅいとオレを持ち上げた。…尻尾にぶら下がってるちびごと。
「釣りでこんなんあったよな」
 おい、そこで爆笑すんなら尻尾のちびなんとかしろよ、『遊馬パパ』。
「ほれ、猫ノア。離れろ離れろ。猫アスマの尻尾もげちまうだろう」
 や、別にもげやしねーけど。
 オレの心ん中での叫び、聞こえた筈もないだろうけど、遊馬がちびをオレの尻尾
からひきはがした。

…っぁおくぉ…っ!

 ちびのヤツっ!尻尾の毛ムシりやがった…っ!

「やだっ!あそぶもっ、まだあそぶーっ!」

 涙目で痛みを堪えるオレ、泣きじゃくるちびすけ。
 …いや、あの。泣きたいのはむしろこっちの方だったりするんだけど…おい。
 遊馬の片手に簡単にわしづかみにつかまえられたちびは、じたばたしてえぐえぐ泣いている。
「ほれ、お前はママんとこにいろ」
 ぽてっと野明の膝の上に落とされたちびは、野明に泣き付いている。
「のあママ、あすまパパがーっ!!」
 うん、人間に猫の言葉は通じないからな?その辺りはよーっく考えような?ちび…じゃねぇ、…「のあ」

  どうやらちびは「のあ」って名前らしい。野明とおんなじなのな…。

「このコの名前『シフォン』って名前じゃなかった? 『アル』と対にするからって」
 硬直がようやく解けたらしい野明が、俯いてぽそり、といった。
 …あ、野明の耳赤い。
 野明に撫でられている『のあ』はクスンクスンと鼻を鳴らして、大きな目を閉じて野明の膝の上で丸くなろうとしてる。泣き疲れて眠くなるあたり、本当お子ちゃまなんだな、こいつ。
 つか、こいつも二つ名前あったのか。
「ん、シフォン。で、も一匹何か飼う時に『スゥ』ってつけるんだってお前云ってたよな」
「ど…して、『のあ』なのさ」
「お前だってアルのこと『あすま』って呼んでるだろ」
 遊馬がオレの前脚持って、人間の子供が横断歩道渡る時みたいに、無理矢理上に持ち上げた。
 やめろよ、腕、疲れるんだから。
「…何で知って…」
「一心同体、甘くみんなよ。…解りやすいんだよ、お前も、こいつも。なぁ?」
 オレに同意を求めるなよ。つか、オレってそんなに解り易いか? 野明が遊馬のこと呼ぶときに、つい返事しそうになってたことバレてたってことか。…なんとなく屈辱だぞ、それ。
「…ま。もう少ししたら、一緒に暮らすわけだし?それまでには、ちゃんと呼び方治さなくちゃ、な」
  …あ、野明の耳、一層赤くなった。オレを抱いている遊馬をふっと見上げると、遊馬の顔も心持ち赤い。…んーっと…この雰囲気は、アレかな。…アレだよな、うん。
  オレは遊馬の腕から抜け出した。
  遊馬が俯いている野明ににじり寄って、肩を抱く。
  だーっ!待て待てって!
 オレは野明の膝の上の「のあ」を鼻先で突いた。
 ふにゃ、と顔を上げた「のあ」の首根っこを噛んで。ひょい、と野明の膝から下ろす。
  
  お子様の教育上、好ましくアリマセンカラ。

  逃げ込んだ、居間の隣の小部屋はダンボール箱が沢山あるけれど、窓辺のトコにある、オレの猫用ベッドは健在。
 ポテ、とそこに「のあ」を下ろすとすぐに丸くなってすうすうと寝始めた。
 
 「野明」と「遊馬」。
 オレも「あすま」で、こいつも「のあ」

 で、野明と遊馬はもうすぐ結婚し、どうやらオレ達も一緒に暮らすことになる様子。

(対って云ってたよな、野明。…そういうことなのかな)

 うん、別にキラいじゃないな、こいつの寝顔。…笑った顔とかも可愛いし。
 …でもこいつまだてんでお子様だしなぁ。オレ、ロリコンと違うし。コイツが大人になったとき、オレを選ぶとも限らねーし。……って何でオレ落ち込んでんだ?やばい趣味じゃねぇよな、オレ。大丈夫か?!

  まだまだ先のこと。

 外は相変わらず雨が降っている。
 オレの方まで眠くなってきた。
 欠伸を噛み殺して。オレもベッドのすぐ傍に敷いてあるタオル地のクッションの上で丸くなろうとしたらなんか尻尾がひっかかる。
 …コイツ、また。
 オレの尻尾抱えて寝てやがる。いつのまに。…仕方ねぇなぁ。本当。


 のあを抱え込むようにして、オレも丸くなった。
 
 先のことはどうなるか解らないけれど。
 何だか妙に幸せな未来の夢を見た。





 そんな雨の夜だった。
  
                     FIN.



illustration&novels 木幡朝歩さま