キスして、ほしい。
いまも、過去も、
「ねぇ、あすま」
この先も。
「キスして」
午前一時十二分。
向かい側のソファに寝そべってハードカバーの推理小説(重くて、持ちにくそう)を読んでいるあすまにそう言った。
「…ん?」
聞こえなかったのか、ちゃんと聞き取れなかったのか、あすまは本をむねの上においてこちらを向く。
窓のとなりにもってきた椅子に座ってブルーベリージャムのたくさん塗ったトーストを齧っていたあたしは、ちいさくなったかけらを皿の上に置いて、キスして、ともう一度言った。
「…いいけど」
不思議そうな顔をしながら起き上がり、ソファを降りる。きし、と、ちいさな音。
あすまがこちらに歩いてくるのをみながら、なんとなく、くすくすわらう。
「なんだよ」
「別に」
あたしの座る椅子から三十センチくらいのところに、あすまが立つ。あたしを見詰めて、あたしが椅子から降りも、立ち上がりもしないのを察して膝を折る。
膝をついた姿勢のあすまに腕をのばして、あたしは首をかしげてほほえむ。
ちかづく気配、温度。
微かな吐息から、それがまざってひとつになるまでの、わずかな緊張。
せつなごとに、体温のあがるのが自分でもわかる。
はじめてあすまとキスしたのも、こんな夜だった。
自然におちていく瞼のむこうに、あかくなったあすまの頬が見えていたのを、今でも覚えている。
(その時。
「ふふ」
「…なんだよ」
「あすま、顔赤い」
「…うるさい」
何時だってさりげなく、けれどとても印象的にキスをくれる君は、だけどこんなふうにとてもゆっくりキスをすると何故だか照れる。
そんな君のあかくなった頬を、あたしはそっと撫でる。あたしよりもかたいけれど、あたたかくていとしい肌。
目をそらしたままなのに、赤みはどんどんましていく。
「ね、あすま」
「ん」
「こっち、向いて」
君と視線のあわさるその瞬間。
あたしから、狙いさだめたような、逃れようのない、キスを。
はじめてキスした、その時から。
きょうより前も、きょうも、あすも、
あなたとキスをしたくって。
十年経ったって、きっとそう思っていて、
十年さきの未来であたしは、十年まえの、君とキスしたいと思っていたあたしを思い出す。
そんなことを想像しながら、あたしは君とキスをする。
(愛してるよ、十年、そのさき、過去もぜんぶ、君にあげてもいいくらいに。
『みどりのマニキュア。』のキリ番1500