双頭の蛇 2
「ストレスによるパニック障害か……」
隊長室の自分の椅子に腰掛けた後藤がぼそりと呟いた。
「はい。 過呼吸はその障害の一種だと……」
遊馬の言葉を聞きながら、後藤は遊馬の顔を見つめていた。
野明が過呼吸で倒れた後、遊馬は野明を宿直室まで抱きかかえて運んだ。
進士が敷いてくれた布団に野明を寝かせ、遊馬は野明が眠るまで手を握っていた。
頬のばんそうこうを見つめながら。
野明が寝付いた事を確認した遊馬が宿直室を出たところで、待ちかねた様子の後藤が遊馬に声を掛けた。
野明を朝一番で病院へ連れて行くようにと。
後藤は遊馬にそう指示を出した。
後藤に言われるまでもなく、遊馬は野明を病院に連れて行くつもりだった。
野明の右頬と、心についてしまった傷のために。
宿直室に泊まった野明を、遊馬は朝一番に病院に連れて行った。
そして診断結果を後藤に伝えた。
後藤がデスクに肘をつき、手を組んで顎をのせた。
「お前達、旅行にでも行くか?」
「は?」
思いがけない後藤の言葉に、遊馬は一瞬混乱した。
後藤はいつもの笑みのまま言葉を繋げた。
「特別休暇だ。 泉と一緒に旅行にでも行ってこいや」
「野明と一緒にって……俺達だけですか?」
「そ。 ま、のんびり休んで、帰ってきたらまた頑張ってちょうだい」
いつも通りのんびりとした口調の後藤。
だが遊馬は、後藤が野明と自分を気遣ってくれている事に気付いた。
遊馬にしても、野明をのんびり休ませてやりたかった。
野明に、このまま普通に勤務を続けるさせるのは無理があった。
内海の事。
熊耳の事。
そしてバドの事。
色々と1人で考え込んで、再びパニック障害を引き起こすのは明らかだった。
いっそ無理矢理にでも休暇を取って、何処か静かなところへ野明を連れて行こうかとも考えていた。
「……隊長」
「ん?」
「ありがとうございます」
遊馬は頭を下げた。
「旅行……?」
「そう」
終業後、目に刺さる様な夕焼けの中、遊馬は野明とバス停でバスを待ちながら話を切り出した。
「せっかくの特別休暇だし、東京から離れてのんびりしようぜ」
「……」
無言のままの野明の横顔を、遊馬は静かに見つめた。
あまり寝られなかったのだろう。 野明の瞳はうっすらと充血し、疲れが見えていた。
頬には鮮やかに朱い一筋の傷。
「何処か行きたいとこ無いか? 温泉でも何処でも好きなところに……」
「海に行きたい……」
野明がぽつりと言った。
「砂浜をのんびり散歩したいな……」
遊馬が野明の手をそっと握った。
「わかった。 じゃあ海に行って砂浜を散歩しよう」
「うん……」
野明がぎゅっと手を強く握り返してきた。
沈みかけた夕日の中、野明は遊馬の手をずっと握り締めていた。