marine blue marine



「おはよ〜!」

「おう」

 野明が木枯らしの中、元気に走ってきてVWに乗り込んできた。
 ずっと休みがなかったのに元気だな〜。

 野明が乗り込んだのを確認して、VWを発進させた。

 もうすぐクリスマスの休日。
 今日は野明と久しぶりに出掛ける。
 ずっと忙しくて、ろくに休日も取れなかったから。
 年内に終わらせなきゃならないプロジェクトも何とか終了して、来年、正月休暇明けまでは少しのんびりと出来る。

 それに、もうすぐ野明の誕生日。
 
 野明はあまりモノを欲しがることがないので、俺は独断で誕生日プレゼントを買ってあった。

 いつ渡そうか……。

 ぼんやりと考えていると

「ねぇ、遊馬」

「ん?」

 野明がくんくんと一所懸命に匂いを嗅いでる。

 ……犬みたいだな。
 言ったら怒るから、言わないけど。

「遊馬さぁ、香水つけてる?」

 お?
 気付いたか。

 この前、買い物に行ったドラッグストアーで、見つけた香水。
 
 その香水が目に入った瞬間、まず色が気に入った。
 海の青をそのまま瓶に詰めたような、鮮やかな青。 

 香りも、甘すぎずさっぱりしてる。

 俺は気に入って、その香水をそのまま買ってしまった

 仕事中、香水をつけるわけにはいかないから、休みの今日、初めてつけたんだけど。

「ああ、つけてる……あ、もしかして苦手な香りだったか?」

 少し気になって聞いてみる。 

「ううん。 いい香りだなぁって思って……何て名前の香水?」

「……気になるか?」

 少々意味あり気に言うと、野明がちらりと横目で俺を見た。 

「気になる」

「そうか」

 さらりと流すと、野明が大きな目を更に大きくして俺を見た。

「え? ちょっと! 名前教えてくれないの!?」

「名前、忘れた」

「何だ、つまんない。 名前がわかったら、今度あたしも買おうと思ったのに……」

 野明が小さく溜め息を付いた。

 そうか。 
 気に入ったか……。



 前から気になっていたイタリアンレストランで少し遅めの昼食を摂って、少し冷たい木枯らしの吹く中を、手を繋いで歩く。

 CDや服を色々と見て、野明はカーディガンを1着買った。

 夕食は俺の家で鍋をすることになったので、商店街でついでに夕食の買い物もしていく。

 あ、そうだ!
 ついでに……。

 俺は野明が会計をしているスキに、近くのドラッグストアーに走った。



「……こうして二人でキッチンに立ってると、二課を思い出すね」

 白菜を切りながら、野明がポツリと言った。

「……そうだな」

 あの頃の光景が脳裏に思い浮かぶ。

 カブに山ほど買い出しの食料を買って帰ってくる野明。
 力を入れてすぎて、砕けていた太田の炊いたご飯。
 食事時には胃薬が絶対に必要だった進士さん。
 料理上手だったひろみ。
 田舎料理が得意だったおタケさん。
 何も言わずに黙々と食べていた後藤隊長。
 
 食事当番の時、7人分の食事を作るのは大変だったけど、楽しかった。

 俺達は篠原の工場へ出向になって、第二小隊に所属していた頃とは想像もしなかった食事を摂れるようになった。
 だが、あの頃の賑やかな食事風景を忘れることはないだろう。

 あの頃の思い出話をしながら、ぐつぐつと美味しそうな鍋を二人でつつき合って、ペロリとたいらげてしまった。

 二人で後片付けをして、二人で一緒に風呂に入る。
 最初の頃は、野明は「一緒に風呂に入るなんて恥かしいからいやっ!」って言ってたけど、最近はやっと慣れたなぁ。
 
 しっかりとタオルで身体を隠してるから、見えないけど。

 そして、風呂上がりにはやっぱりビール。
 キンキンに冷えたグラスで、乾杯。

 ぷはっ!と野明がグラスを口から離す。

「やっぱりお風呂上がりはビールだよねっ!」

 タオルでごしごしと髪を拭きながら、野明が再びグラスを口に寄せる。

 俺は、野明にプレゼントを渡すタイミングを見はからっていた。
 毎年のことなのに、誕生日プレゼントを渡す時、何故かすごく緊張してしまう。
 
 野明がテレビのスイッチを入れた時、俺は立ち上がってデスクの引出しを開けて、例のモノを取り出した。

 そして、夕方に買ったヤツも……。

「野明」

「ん?」

 テレビを見ていた野明が、俺を見た。

「これ、誕生日プレゼント」

「え!?」

 ビックリしている野明と視線を合わさないように、テーブルの上にプレゼントの箱を置く。

 やっぱり恥かしいっ!

「誕生日にはちょっと早いけど、開けてみろよ」

「……うん」

 ゆっくりと丁寧に包装紙を開けて、箱を開くと

「……これ……」

「前にプレゼントしたピアスと同じデザインのヤツ」

 そう。
 前に野明にプレゼントしたピアスと同じタイプの指輪。
 どうせなら同じヤツがいいだろうと、ピアスを買った店で買っておいた。

「サイズ、大きくないか?」

 俺が言うと、野明は慌てて指輪をはめた。

「ちょうどいいよ! 遊馬……ありがとう……」

 途端に野明の瞳に涙が浮かんだ。

「お、おいおい! 泣くことないだろう!」

 こいつ、よく泣くよなぁ……。
 くやしくても嬉しくても泣くんだよな。

「だって、嬉しい……」

 ずずっ、っと鼻をすすったと思ったら、いきなりバスタオルで鼻をかむなっ!
 ……まあ、喜んでるし……。

「喜んでくれたついでに、もう一つプレゼントがあるんだけど」

 夕方、ドラッグストアーで買ったヤツもテーブルに。

「……開けていいの?」

「もちろん」

 少し赤くなった鼻をすすりながら、野明がさっきと同じように包装紙を開けた。

「……香水?」

「そう。 俺と同じヤツ」

 野明の手の中にある瓶は、俺が初めて見た時と同じ鮮やかな青をたたえている。
 キャップを外して手首にスプレーすると、微かな甘い香りが部屋に広がった。

 すうっと香りを吸い込んで、野明が笑う。

「いい香り……遊馬とお揃いの香りだね」

「気に入ったか?」

「うん!」

 満面の笑みで野明が笑った。

 自分が使ってるのと同じ香水と指輪をプレゼントするって……俺ってもしかして独占欲が強いのかもしれないと、ふと思った。

 まあ、野明は俺のモノだから、いいか。
 これからも、野明の誕生日には俺がこうして祝ってやるつもりだ。

 部屋の灯りに照らされて、野明の指で、手の中で、海の青が揺れている。
 
 ぼんやりとその青に見入ってしまったその時、じっと自分の手元の瓶を見つめていた野明が呟いた。

「……この香水の名前って……」