休息


 
地下トンネルの中をイングラムを載せた貨車が、レールを打つ音を響かせながら走っていく。
 遊馬と野明は貨車の端に膝を抱えて座っていた。

 これから戦いが始まる。

 生きて帰れるだろうか。

 VWの中で野明が冷静に口にした言葉が、遊馬の頭の中で何度も繰り返されていた。

『あたし、いつまでもレイバーが好きなだけの女の子でいたくない。 レイバーが好きな自分に甘えていたくないの』

 野明の覚悟はあの時既に決まっていた。
 
 後藤からの呼び出しに、もう特車二課ではない自分に、迷っていたのは遊馬。

 野明の言葉で迷いを振り切って、戦いに挑む。

 

 ちらりと横目で野明を見る。

 野明は膝を抱えたまま、崩れかけた地下トンネルの壁をまっすぐに見つめていた。

 特車二課にいた時と同じ表情。

 どんな事にも揺るがない、恐れない、強い意志を持った瞳。

 その瞳に惹かれていた自分。

 

 生きて帰ろう。

 野明と、大事な仲間達と共に。

 遊馬は手を伸ばし、野明の腕を掴んだ。

 野明が驚いた表情で遊馬を見た。

 遊馬の口が動いた。

「野明」と。

 遊馬が自分のヘッドギアを脱いだ。
 そして、野明の腕を掴んでいた手を外し、野明のヘッドギアを強引に脱がせた。

 野明は抗議の声を上げる間もなく、遊馬に腕を掴まれ引っ張られた。



「絶対に生きて帰ろう」

 耳元で遊馬が言った。

 野明が遊馬の顔を見ると、遊馬は笑っていた。
 とても穏やかに。

「そして帰ったら温泉でも行こうぜ。 露天風呂で雪見酒したい」

 一瞬、遊馬が何を言っているのか、野明は理解出来なかった。

 そしてやっと理解したのだろう。
 野明が笑った。

 埋立地にいた頃と同じ笑顔で。

「いいね。雪見酒」

「だろ? 一週間位有給もらって」

「一週間も休みもらえるかな?」

「何としてでももらう」

 クスクスと野明が遊馬の耳元で笑った。

「うん。 帰ろう。 みんなで」

 野明が遊馬の額に自分の額を付けた。
 
 遊馬が野明の瞳を、野明が遊馬の瞳を見つめて二人で笑った。

 貨車のブレーキの音が耳に刺さった。

 どちらからともなく額を離し、ヘッドギアを被る。

 

 そして戦いが始まった。



 遊馬がそっと仮眠室を覗くと、太田、進士、ひろみの三人がぐっすりと眠っていた。

 遊馬は微かに微笑むと仮眠室のドアを静かに閉めた。

 早朝のため、工場は静まりかえって、遊馬の足音が廊下に響いている。

 ふと、開発室に目をやるとドアが少し開いて、光が漏れていた。

 ドアを開けると、野明がソファにぼんやりと腰掛けていた。

「野明」

 遊馬が呼ぶと野明が振り返った。
 
 遊馬の顔を見て微笑む。

「お疲れ様、遊馬」

「お疲れ」

 野明の隣に腰を下ろし、遊馬は溜め息をついた。

「……終わったな」

「……終わったね」

 野明が持っていたマグカップを口元で傾けた。
 すっと遊馬の手が伸び、マグカップを野明の手から奪った。

 マグカップのココアを一口飲んで、顔をしかめる。

「甘い」

「疲れた時には甘いものがいいんだよ」

 遊馬がマグカップをテーブルに置くのと同時に、野明がゆっくりと遊馬の肩に寄りかかった。

 遊馬の大きな手が、野明の髪を優しく撫でる。

「……みんなは?」

「仮眠室でもうぐっすり寝てた」

「そっか……」

 しばしの沈黙の後、遊馬が口を開いた。

「さあ、温泉の予約しないとな」

「その前に有給休暇の申請しないと……」

「申請しなくてもよくなるかもな」

 遊馬の言葉に、野明が頭を上げた。
 
 きょとんと遊馬の顔を見る。

「何で?」

「俺達、警察をクビになるかもしれないんだぜ?」

 遊馬の言葉に野明がくすくすと笑った。

「遊馬……クビって……」

「だってそうだろ? クビになったら有給休暇の申請なんてしなくても好きなだけ休めるだろ?」

「……そ、そうだね……」

 笑い続ける野明が、再び遊馬の肩に頭を乗せた。

 遊馬もまた、野明の髪を優しく撫でる。

「ねぇ、遊馬」

「ん?」

「何処の温泉がいいかな?」

「ん〜。 あんまり人の来ないところがいいな」
 
「雪見酒もいいけど、花見酒もいいんじゃない? 3月になったら桜が咲くよ」

 野明の手を遊馬がそっと握った。

「そうだな……よし。 来月は温泉ツアーだ」

「温泉ツアー? え? 温泉巡りするの?」

 野明が嬉しそうな声を上げた。

「そ。 ネットで検索すりゃすぐに見つかるだろうし」

「来月は上野公園にも行かなきゃね」

「そうそう。 スケジュール空けとけよ」

「……もちろん……楽しみ……だね……」

「野明?」

 耳元で聞こえてきたのは、小さな寝息。

「やれやれ……」

 遊馬は苦笑した。

 肩に感じる重み。
 握り締めた手の暖かさ。
 
 生きているという喜びを、野明の身体から感じる。

 野明の柔らかい吐息と体温を感じながら、いつしか遊馬も眠りに落ちた。



 ノックをしても返事がない開発室に、実山はドアを静かに開けて中に入った。

 そこで実山が見たのは

 狭いソファでぐっすりと眠っている、遊馬と野明。

 野明を守る様にしっかりと抱きしめて眠る遊馬と、遊馬の腕に頭を乗せ、遊馬にしがみつく様に眠る野明。

 実山は開発室を出て、再び戻ってきた。

 手にしていたのは1枚の毛布。

 2人を起こさない様に、そっと毛布を掛ける。

「お疲れ様でした……。 遊馬さん、泉さん……」

 自分の気配にも気付かずに眠り続ける2人を見て、実山は静かに微笑んだ。

 こんなに穏やかな遊馬の寝顔を見るのは初めてだった。

「ゆっくり休んで下さいね……あなたたちの本当の戦いはこれからなんですから……」

 今、警察内部は大変な事になっているだろう。

 警視総監とその一派の失脚。
 超法規的手段による旧第二小隊の行為。
 
 遊馬達はこれからどうなるのか。
 実山はただそれだけが気掛かりだった。

「警察上部がどういう処分をあなた達に下すのか…私はただ見ている事しか出来ません……。 でも……」


 
 遊馬さん。
 
 あなたには大切な仲間がいます。

 そしてあなたにとって、かけがえのない愛しい人も……。

 
 
 どんな困難も乗り越えて行くのでしょう。

 これまでもそうだった様に

 きっとこれからも……。