雪だるま
「だあっ!」
「遊馬っ! 大丈夫!?」
苫小牧に着いて駅を出た途端、、俺は積もった雪で滑って転んだ。
2月の終わり、野明と俺は遅い正月休暇をやっと取る事が出来た。
しかし、休暇を取っても俺は家に帰る気は毛頭なかった。
家に帰ったら、あのくそ親父と喧嘩になる事が容易に想像出来たからだ。
寮でのんびりしようか。
そう思っていたのだが、気を遣ってくれたのだろう。
野明が『実家に帰るから、一緒に行こう』と誘ってくれたのだ。
野明の言葉に甘えて、3日間の正月休みの間、俺は野明の実家に邪魔させてもらうことになった。
で、来た途端これかよ!
「怪我ない?」
「いって〜。 おもいっきり尻もち付いちまった」
くすくすと野明が笑った。
「家に着いたら靴買いに行こう」
「靴? 何で?」
野明に手を引っ張られながら俺は立ち上がった。
「東京で売ってる靴と北海道で売ってる靴は違うの。 こっちで売ってる靴は滑りづらいから」
何じゃ、そりゃ?
靴の種類が違うのか?
「じゃ、今、お前が履いてる靴は?」
「これ? こっちで買った靴だよ」
ほら、と見せてくれた野明の履いているスニーカーの裏は、まるで車のタイヤの様だった。
「さ、行こう。 お父ちゃん達家で待ってるよ」
「……」
来た途端に転ぶなんて……。
何か嫌な予感がするなぁ……。
野明の家に着いて、野明への両親への挨拶もそこそこに、俺は近所の靴屋に連れて行かれた。
そしてスニーカーを買って、すぐに野明の家へと戻った。
店の入口の引き戸を開けた途端、野明は奥の居間にいる親父さんに声をかけた。
「お父ちゃ〜ん。長靴貸して〜」
は? 長靴?
「おう。 そこの履いてけ」
「はい、遊馬」
親父さんの長靴を差し出す野明。
「おい、今スニーカー買ってきたのに何で長靴借りるんだ?」
「アルフォンスのところに行くの。 お母ちゃん、長靴借りるね」
「ん。気ぃ付けて行っといで」
長靴に履き替える野明に促されて、俺も長靴に履き替えた。
「いってきま〜す」
野明の家からそんなに遠くないところに……アルフォンスの眠っている場所はあった。
……長靴で来て正解だな。
俺の膝近くまで雪が積もってやがる!
広い雪野原。
アルフォンスは大きな木の根元に眠っていた。
「久しぶり……アルフォンス……」
野明そこにしゃがみ込み、穏やかな口調でアルフォンスに話し掛けた。
「今日はね、大事な人を連れて来たんだよ……」
大事な人。
野明の言葉に俺はドキリとした。
「アルフォンスみたいにね、あたしの事を守ってくれる人なんだよ……」
『あたしを守ってくれる人』
……俺は野明を守ってやれているだろうか……。……アルフォンスの様に……。
……俺は野明を守りたい。
これからもずっと。
俺も野明の隣にしゃがんで、アルフォンスに話し掛けた。
「よう、アルフォンス……。 お前の大事な人は俺が守ってるから安心しろよ……」
俺の言葉を聞いた野明が、顔を見て笑った。
「遊馬、ありがと……」
3代目アルフォンス……イングラムと一緒にな。
やがて、すっくと野明が立ち上がった。
「遊馬、雪だるま作ろ!」
「はぁ? 雪だるま?」
ごそごそと野明がポケットから何かを取り出した。
……軍手?
「はい」
「はいって……」
呆然としている俺の手に軍手を握らせると、野明も軍手をして雪球を作りだした。
ポンと自分の足元に雪球を落とし、ころころと転がしていく。
雪球がみるみる間に大きくなっていく。
「何見てんの? 遊馬も作ってよ!」
野明に無理矢理雪だるまを作らされ、俺の手はしもやけになりつつあった。
こんな年になって何でしもやけなんぞ作らにゃならんのだ!
「都会育ちは弱いねぇ!」
俺の顔を見てフフンと笑う野明。
「お前、今俺の事馬鹿にしただろ……」
「え、え? してないよ。 馬鹿になんて……」
ふるふると野明が顔を横に振った。
笑顔が引きつってるぞ!
「いや、絶対にした!……こら待て野明! 逃げるな!」
追いかけようと足を踏み出した瞬間、俺の身体が傾いた。
「えっ?」
「遊馬っ!」
俺は見事に木の後ろの斜面を転がり落ちた。
「遊馬ぁ! 大丈夫っ!?」
「……全然大丈夫じゃねぇ……」
転がり落ちた俺を見下ろしていた野明が、ぷっと吹き出した。
「あ、遊馬……雪だるまになってるよ……ぷぷっ!」
転がって横になったままの自分の身体を見ると、足はしっかりと雪に埋もれ、身体中雪まみれだった。
足、抜けねぇし!
嫌な予感的中か!
「……お腹……ぷはっ!……痛い…ぷぷぷっ!」
そこまで笑う事ねぇじゃね〜か!
「おい野明っ! 笑ってないで助けろよ! いい加減冷たいし寒いんだよ!」
「ご、ごめん……ぷっ!」
野明が笑いを堪えながら斜面を器用に降りてくる。
……子供の頃どんな風に遊んでたのか容易に想像出来るなぁ……。
と、俺のところまで降りてきた野明がしゃがみ込んだ。
「遊馬、雪だるま作るの手伝ってくれてありがとね……」
野明が少し寂しそうに笑った。
「今度いつ帰って来れるかわからないから、アルフォンスが寂しくない様に雪だるま作ってあげたかったの……」
「そうか……じゃあアルフォンスは寂しくないな」
「うん……」
野明が俺の手を取った。
俺を助けてくれるのかと思ったが、野明は動かない。
「……野明?」
「遊馬、寒い?」
「あ?」
「寒い?って聞いてるの。 ……寒い?」
何を言ってるんだ、こいつは。
「さっき、冷たくて寒いって言っただろ?」
「じゃあ、暖めてあげる」
「へ?」
野明の顔が俺の顔にゆっくりと近付いて来る。
頬に柔らかくて暖かい感触。
……い、今お前、俺の頬にキ、キ……!
「……雪だるま作るの手伝ってくれたお礼だよ」
野明が顔をそむけた。
……野明の頬が赤い。
自分からしておいて照れるなよ!
照れたいのはこっちだよ!
東京に戻った俺を待っていたのは、両手の指のしもやけによる、痛痒さとの壮絶な戦いだった。
……まぁ、しもやけなんか気にならない位の、お礼を野明にもらったから、我慢しよう。
アルフォンス、やきもち焼いて怒ってないよなぁ……。