宝物(野明ver)   



「ねぇ野明。 明日暇?」

「ん〜。 ごめん。 明日は駄目なんだ」

 非番の前日の晩、寮の食堂で夕食をとっていたあたしに、交通課に勤務する綾乃が声を掛けてきた。

 綾乃はあたしより一つ年上なんだけど、同じ北海道出身という事もあり、仲が良かった。

「……もしかして、篠原君と出掛けるの?」

「……そうだけど……」

 何か気になる言い方……。

「野明と篠原君てほんとに仲いいよね〜」

 綾乃が手に持っていたトレイをあたしの目の前に置いて、真向かいの席に腰を下ろした。

「仲いいって……。 だって仕事でコンビ組んでるんだよ? 仲悪かったら仕事にならないじゃない」

 あたしの言葉を聞いた瞬間、綾乃がぽかんと口を開けた。

 ……何? 
 その反応は。

「……そういう意味じゃなくて……」

「じゃあどういう意味?」

 訳がわからない……。

「あのさ……。 仕事でコンビ組んでるからって、普通非番の日まで一緒に出掛けたりする?」

「は? あたし達は出掛けるけど。 綾乃はしないの?」

 おかずを取ろうと伸ばした箸を思わず止めてしまう。

 はあっとわざとらしく大きな溜め息を綾乃がつく。

「そりゃあ出掛けるよ。 女の同僚と買い物とかに」 
 
「遊馬とあたしも同僚だよ?」

 何が言いたいんだろ……。

「だ〜か〜ら〜! いくら同僚だからって好きでもない男と非番の度に出掛けたりしないでしょ!?」

 へ? 
 それって……。

「わかる? 野明が篠原君の好きだから、非番の度に一緒に出掛けるんじゃないの?」

 ……あたしが?
 遊馬の事?

 好き?

 え!?
 え!?

 瞬間、顔に血が上るのがわかった。

 左手に持っていたお茶碗をうっかり落しそうになってしまった。

「野明、顔赤いよ」

 綾乃があたしの顔を覗きこんでニヤニヤ笑ってる。

「……もしかして、野明気が付いてなかったの!?」

「だ、だって、遊馬は大事な同僚で……パートナーで……」

 顔が熱い。

「それに……。 気が合うって言うか……」

 心臓がものすごい勢いで動いてる。

 綾乃がくすくすと笑い出した。

「そういうのが『好き』って事でしょ? 篠原君も野明の事が『好き』だから一緒に出掛けるんじゃないの?」

 動揺のあまり固まってしまったあたしを尻目に、箸を止める事なく綾乃が話しを続ける。

「最近の野明ってさ、篠原君と出掛ける時、服装とかすごく気を遣ってるのわかるもん」

「そ、そんな事は……」

 ない。
 と思うけど……。

「……篠原君も大変ねぇ……。 こんな鈍感娘が彼女だなんて」

 お茶を啜りながら綾乃がぼそりと呟いた。 

「誰が鈍感娘よっ! 失礼なっ! それにあたし、遊馬の……彼女じゃ……」

 そうだよね……。

 あたし、遊馬の彼女じゃない……。

 でも非番の日は大体一緒に出掛けてる……。

 それが当たり前になってて。

『彼女』と、『好き』とか、……そんな事考えた事もなかった……。
 
「ご馳走様でした。 さぁて、お風呂お風呂」

 綾乃があたしより先に夕食を食べ終えて椅子から立ち上がった。

「あ、そうそう。 この寮の女の子たちは、みんな篠原君と野明が付き合ってると思ってるよ」

「え!? 遊馬とあたしが!?」

「だって、明日デートなんでしょ?」
 
 デ、デート!?

「いや、その……。 綾乃……遊馬とあたしはほんとにそういう関係じゃ……」

「ほんとに大切な宝物は意外と近くにあるものよ」

 あたしの言葉を遮って、綾乃が言い切った。

「気が付いたら誰かの宝箱の中って事にならない様にね」
 
 トレイを持ち、くるりと背を向けて綾乃が歩いていく。
 
 ひらひらと手を振って去っていく綾乃の後ろ姿を、あたしはぼんやりと眺めてしまった。





 あたしは
 混乱したまま夕食を終えて
 
 混乱したままお風呂に入り
 
 混乱したまま布団に入った。


 
 ……あたしは遊馬の『彼女』じゃない。

 ……遊馬はあたしの『彼氏』じゃない。

 なのに、何でいつも一緒にいるんだろう。

 ただの『同僚』で『パートナー』なら、非番の日まで一緒に出掛けたりしない。

 確かに、今まで第二小隊のメンバーとなんて、非番の日に個人的に会ったりした事はほとんどない。

 個人的に会ってるのは

 ……遊馬だけ。

 遊馬はどうして、貴重な非番の日にあたしと出掛けるんだろう。

 あたしはどうして、貴重な非番の日に遊馬と出掛けるんだろう。

 遊馬の隣はとても居心地がいい。

 あたしの好きな食べ物。
 
 今考えてる事。

 何をしたいのか。

 遊馬はわかってくれる。



 あたしも

 遊馬の好きな食べ物とか。

 今考えてる事。

 何かしたい事があるとか。

 わかる。 



『ほんとに大切な宝物は意外と近くにあるものよ』

 あたしのほんとに大切な宝物って……。

『気が付いたら誰かの宝箱の中って事にならない様にね』

 ……もし遊馬が他の女の人と出掛けたりしたら……。

 

 ……そんなの絶対いや! 


 
 ……ああ。

 綾乃が言ってた『好き』っていう事。

 少しだけわかった様な気がする。



 あたしの宝物は



 遊馬なんだ。



 ほんとに大切な宝物って

 誰にも渡したくない。



 これが
 
『好き』って事なんだ。



 遊馬も、あたしと同じ気持ちなのかなぁ……。



 

 翌朝、あたしはちょっとだけ早起きをした。
 
 そして精一杯のおしゃれをして、遊馬との待ち合わせの駅へと向かった。

 少しだけ眠いけど

 花びらみたいに

 ふわりと舞い降りてきたこの気持ちを

 大事にしよう。



 

「遊馬ぁ!」

 いつもの様に元気よく

 遊馬の名前を呼ぶ。





 あたしの宝物は



 遊馬。