eye liner


 ある非番の日、野明と久しぶりに買い物に出掛けようと、早めに起きて出掛ける準備をしていた。

 外は柔らかい春の陽射しが降り注ぎ、絶好の休日だ。

「え〜と、財布と携帯と……あれ?」

 野明の奴、洗面所のこもったまま出て来ないぞ?

 何やってんだ?

 俺は洗面所のドアをノックした。

「お〜い、野明。 何やってんだ〜。 俺はもう準備出来たぞ〜」

「ごめ〜ん! ちょっと待って〜! ……あ〜っ!」

 野明の大声に俺は思わずドアを開けた。

「お前、何ちゅ〜声を……って何やってんだ?」

 俺の目に飛び込んで来たのは、洗面台の鏡の前で固まっている野明。

「はみだしちゃったぁ!」

「はぁ?」

「だからぁ、アイラインがはみだしちゃったの!」

 ……アイライン? こいつ今まで化粧なんてほとんどした事なかったのに、どういう心境の変化だ?

「何でアイラインなんて……」

 疲れたのか、アイライナーを持ったまま腕を下ろした野明が溜め息をついた。

「あのね、熊耳さんが『アイラインを軽く入れるだけでも顔の印象が変わるわよ』って……だから試してみたんだけど……」

「うまく出来ない訳だ」

 今にも泣き出しそうな顔で野明が頷いた。

「しょうがねぇなぁ。ほら貸してみろ」

 野明の手からアイライナーを取って、左手で野明の顎をくいっと上げる。

「ほれ、目ぇ閉じろ」

 野明が大人しく目を閉じたのを確認して、アイライナーの先をそっと野明の瞼に近づけた。

 が! これが以外と難しい!

 何でこんなに柔らかいんだ、アイライナーは! 筆ペンと一緒じゃねぇか!

「あ!」

「え!? 何!?」

 反射的に目を開けた野明と視線がぶつかる。

「あ、いや、その〜……」

 ……やばい。

 俺の表情から一瞬にして状況判断をした野明が、素晴らしい速さで鏡を見た。

 さすが長年コンビ組んでるだけあるなぁ。
 俺の様子で状況判断が出来るんだから。

 ……って感心してる場合じゃない!

 鏡を見た野明の肩がぶるぶると震えだした。

「ちょっと遊馬! 何これ!」

「いや、その、ちょっと手元が狂って……」

「ちょっとぉ!? これのどこがちょっとなのっ!」

 顔を真っ赤にして詰め寄ってくる野明の目元には、まるで歌舞伎役者の様な太いアイラインが……。

「ぶはっ!」

 思わず吹き出した俺を見て、野明の怒りが頂点に達した。

後ずさりをしていた俺は、そのまま回れ右をして逃げた。

「遊馬っ! こら〜っ! 逃げるな〜っ!」  

 まぁ、せまいアパートの部屋じゃ逃げようもないのだが……。



 だけど野明。
 お前は素顔が一番可愛いと思うぞ。

 恥ずかしいから絶対言わないけどな。