Blue sapphire
「野明?」
非番の日に、俺と野明は2人で買い物に出かけた。
そしてふらりと立ち寄ったジュエリーショップ。
野明はあるショーケースをじっと覗き込んでいた。
後ろから覗いてみると、さまざまなピアスが綺麗に陳列されていた。
野明はその中の一点を見つめていた。
青と言うよりは濃紺に近いだろう。
サファイアのピアスだった。
野明がこんな風に何かに見とれるのは珍しかった。
よほどこのサファイアのピアスが気に入ったらしい。
野明はあまり物を欲しがる事が無い。
あまり物欲が無いらしい。
必要な物は迷わず購入するが、基本的に散財するタイプではない。
『あれが欲しい。これが欲しい』といつもねだられるのも困るのだが、野明の場合はそういう事がほとんど無い。
男としてはちょっと寂しいものがある。
好きな女にはやっぱり何かプレゼントを贈りたいと思うし、たまには『これが欲しい』とおねだりもして欲しい。
俺が色々考えている間にも、野明はずっとそのサファイアのピアスを凝視したままである。
買ってやろうか。
そう思ったが、野明にそう言ったら、きっと「いらない」と言うだろう。
何かの記念日のプレゼントなら貰ってくれるだろうか。
俺は考えた。
野明の誕生日はブーツをプレゼントした。
バレンタインにはマグカップを貰ったので、ホワイトデーにマニキュアとキーホルダーをプレゼントした。
記念日……。
「あ!」
「な、何? いきなり大きな声出して。 びっくりするじゃない」
思わず上げてしまった声に野明が振り返った。
そうだ!
大事な記念日があった!
「野明。 そのピアス欲しいのか?」
「え? そんな欲しいって訳じゃないけど……」
野明がこうやって言いよどむ時は、気になって仕方が無い時。
つまり欲しいって事。
俺しか知らない野明の癖。
「買ってやるよ」
俺の言葉に、野明は大きな瞳をきょとんとさせて俺の顔を見上げている。
「え? 何で?」
訳がわからないと言う顔をしている野明を無視して、俺はショーケースが並んだカウンターの中にいる女性店員に声を掛けた。
「すいません。 このサファイヤのピアス見せてもらえますか?」
店員がショーケースの鍵を開け、綺麗なグレイの布が張られたトレイにそのサファイアのピアスをのせて、俺達の目の前のショーケースに置いてくれた。
野明は戸惑いながら、そっとピアスを細い指でつまみ上げた。
店のライトに照らされたサファイアのピアス。
その深い青さは夜の海を、揺れて微かに放たれる鮮やかな光は砂浜で跳ねる波を連想させた。
「これ下さい」
「え!? ちょっと遊馬!」
「何だ」
「何だじゃないよぅ……」
段々と野明の表情が暗くなっていく。
「欲しいんだろ?」
俺が問い掛けると野明は押し黙った。
図星を突かれた時、こうやって黙り込むのも野明の癖。
「欲しいけど……」
「欲しいけど何だ?」
しばらく俯いていた野明がぽつりと言った。
「買ってもらう理由が無いじゃない……」
「あるの」
「え?」
「ピアスをお前に買ってやる理由があるの!」
「……何?」
不安そうに俺の顔を見つめている野明の頭を、俺はポンポンと撫でた。
「夕食の時に教えてやるよ」
ピアスを買ってジュエリーショップを出た後、時間がちょうど夕食時だった事もあり、俺と野明はすぐそばにあったレストランに入った。
カップルだからなのか、窓際の席に案内された。
ウェイターが持ってきたメニューを見ながら、まずはワインを注文した。
ワインが運ばれてきた後、俺が野明が好きそうな物を適当に注文した。
俺がピアスを買った理由がわからない野明は、不安そうにグラスに注がれたワインをただ見つめていた。
「どうした?」
ちょっとからかってやろうと野明の顔を見た。
「だって……遊馬がピアスを買ってくれる理由がわからないんだもん……」
ふと気が付くと、野明の瞳に涙が浮かんでいた。
「お、おい。 泣く事無いだろう」
やばい。
ちょっとからかいすぎたか。
「だって……」
「わかった。 きちんと教えるから泣くな」
少し考えて納得したのだろう。
野明は小さく頷いた。
「このピアスは、記念日のお祝いのプレゼントだ」
「記念日……?」
「ちょっと遅くなっちまったけど……4月1日って何の日か覚えてるか?」
野明が考え込んだ。
「4月1日……って……あっ!」
「思い出したか」
「あたし達が特車二課に配属になった日だ!」
「やっと思い出したか」
俺が呆れた様に口を開くと、野明が途端に小さくなった。
「ごめんなさい……」
俯いて小さくなってる野明を見てると、やっぱり可愛いって思う。
ちょっと苛めたくなる。
俺の悪い癖だな……。
「あれからもう3年経ってるんだぜ?」
「うん……。
あっと言う間だったね……3年……」
野明の顔からすうっと笑顔が消えた。
篠原八王子工場に転出になって、すでに1年が経過していた。
出会って、コンビを組んで3年。
今アルフォンスは一緒にいないけれど、俺と野明は、あの日から変わる事なくパートナーとして一緒にいる。
八王子工場に職場が変わってしまっても、出会った日は変わらない。
「ほら。 せっかくの記念日に落ち込むなよ」
俺は隣の椅子に置いてあった小さな紙袋を、野明の目の前にそっと出した。
「開けてみろよ」
「うん……」
野明が小さな手で、静かに丁寧に袋からピアスの入った箱を取り出す。
箱を開けて、野明が指先でピアスをそっと摘む。
俺達の目の前で揺れるサファイヤのピアスは、深海の青を溶かし込んだ様な、深い深い青色。
「付けてみろよ」
「うん」
野明が鏡も見ずに器用に耳からピアスを外し、買ったばかりのサファイヤのピアスを装着する。
「……どう?」
ショートヘアの野明の耳元で、海の青の結晶が揺れて光を放つ。
色白の野明の肌によく映えて、青の結晶も野明の肌の白さを際立たせていた。
「似合うよ」
「ほんと!?」
野明がやっと笑った。
「今まで、こんな記念日なんてした事無かったから、何か変な感じだね」
「そうだな」
「でも遊馬……いいの?」
「何が?」
「だって、あたし誕生日にも、ホワイトデーにも、遊馬にプレゼントもらっちゃってるよ?」
ワイングラスのふちを指で触りながら、上目遣いで問い掛けてくる。
「いいんだよ。 俺が野明にプレゼントしたかったんだから」
普段言わない言葉を口にすると、野明の顔が恥ずかしくて見れない。
そんな俺の顔を見て、野明がクスリと小さく笑った。
「……何だよ」
俺がぶっきらぼうに言うと、野明がまた笑った。
「ねぇ。 遊馬わかってる? 遊馬ってねぇ、照れたりすると口びるを突き出すんだよ」
「え!?」
「知らなかったでしょう? ふふふ。 内緒にしておこうかなと思ったんだけど、今日ちょっとだけ意地悪されたからお返し」
ふふん、と野明が意地悪そうに笑った。
「……」
俺、やっぱりこいつには敵わないかも……。
それでも野明にはプレゼントをあげる事が出来たからいいか。
来年も
再来年も
こうして記念日を迎えたい……。
ブルーサファイア 〜象徴される言葉〜 慈愛
誠実
徳望
願わくば
この全ての言葉が
野明を包み込んでくれるように……。