春よ来い!
「うわ〜! すごいねぇ!」
野明が感嘆の声を上げた。
それもそのはず。
特車二課棟の前庭は雪に覆われていた。
冬の淡い空色と白い雪のコントラスト。
北海道の冬の空気とは違う。
それでも、身の引き締まるような空気。
野明は空を見上げ、はあっ、っと白い息を吐いた。
「あ〜…積もっちまったか」
いつの間にか野明の後ろに立っていた遊馬が、だるそうに溜め息をついた。
遊馬の吐いた白い溜め息も、あっと言う間に空気に溶けて消える。
「? 遊馬、雪嫌い?」
首をひねるようにして後ろの遊馬を見上げた野明がきょとんとした顔で問うた。
「嫌いとかそういう問題じゃないだろ。 雪掻きしなきゃならないんだから」
生まれも育ちも北海道の野明にとっては、こんな雪は大したことはないのだが、雪のほとんど降ることのないところで生まれ育った遊馬にとっては一大事らしい。
遊馬を見てみると、カーキ色のダウンジャケットと長靴、手袋にイヤーワッフルという重装備。
それに引き換え、野明はダウンジャケットにスニーカーという軽装備だった。
遊馬は野明の服装に気を止める事もなくスコップに肘を付き、再び大きく溜め息をついた。
「これくらいならすぐ終わるよ」
「あのな、北海道生まれのお前と一緒にするな」
野明の明るい表情と言葉に、遊馬がげんなりしたように言った。
途端に野明がムッとしたように表情を変える。
だが、そのまま言われっぱなしの野明ではない。
ふふん、と言わんばかりの顔で、反撃を開始した。
「遊馬は都会育ちで、軟弱だもんね〜」
「お、言ってくれるな!」
「くやしかったらココまでおいでっ!」
べ〜っと舌を出して、野明が一面雪に覆われた前庭に駆け出した。
「こんにゃろ〜!」
まんまと野明の挑発に乗ってしまった遊馬も、野明の後を追って駆け出した。
が、水気を含んだ重たい雪に足を取られて、思うように走れない。
そして、とうとう転倒した。
「……って〜」
前のめりに転倒してしまった遊馬が、手を付いてやっとの思いで上半身を起こした途端、追い討ちをかけるように、雪球が遊馬の身体に命中した。
「やった! 命中!」
手を叩いて、いたずらっ子のように笑う野明。
「頭来た! 野明待てっ!」
遊馬が必死の形相で立ち上がり、野明を追って走り出した。
「やだよ〜だ!」
まるで雪などないかのように走る野明と、何度も転びながら後を追いかける遊馬。
「…っ、野明! お前もしかして……靴変えただろっ!」
何度目かの転倒の後、遊馬が叫んだ。
「あ、バレた? 正解! 北海道で買った靴で〜す!」
野明が遠くでニヤリと笑った。
「野明っ! 卑怯だぞっ!」
「へへ〜んだっ!」
「だ〜っ!」
「あいつら、何やっとるんだ」
太田が呆れたように言った。
「小学生みたいですね」
進士が笑う。
「でも、楽しそうですね」
ひろみも笑っていた。
「全くもう」
熊耳が困ったように笑った。。
「さ、みんな雪掻き頑張りましょう!」
熊耳の言葉を合図に、みんな前庭へ飛び出した。
「……待てと言っとるだろうが!」
「やだっ!」
遊馬と野明は走り続けている。
「お前らいい加減にせんか〜っ!」
「……後藤さんのところの連中は相変わらずね」
第2小隊の様子を隊長室から見つめていた南雲が、やれやれと言った様子で言った。
「ん? ああ、元気でいいでしょ?」
いつも通りの飄々とした態度に、南雲がちらりと視線を走らせた。
「課長が来てないからいいけど、来ていたらまたお小言を頂戴してるところよ?」
「まあ、いいんじゃない? 課長は来てないんだし。 それに……」
「……それに?」
ストーブで手をあぶりながら、後藤が笑った。
「この先、ここからこんなお気楽な光景を眺めることも、もうそんなにないだろうし」
いつもと変わらないように見える、後藤の表情。
だが、ほんの一瞬だけ、寂しげな目をして後藤が微笑んだのを、南雲は見逃さなかった。
「……そうね」
後藤の彼らへの愛情を垣間見たような気がして、南雲は一言そう言って後藤にわからないように目を細めて微笑んだ。
広い広い前庭に再び南雲が視線を移すと、いつの間にか雪掻きが雪合戦に変わっていた。
歓声を上げながら雪まみれになって、雪球をぶつけあっている。
薄い窓ガラスを通して聞こえてきた声に、後藤が南雲の隣りに立って窓から前庭を見下ろす。
そして、窓を開けるといつもと変わらない声で叫んだ。
「お〜い。 早く雪掻きを終わらせんとイングラムが戻ってきても入れないぞ〜」
「は〜い!」
一面を覆った雪も、きっと明日には解けてしまうのだろう。
そして、雪の下で蕾を閉じたままだった桜も、見る見る間に鮮やかな花を広げ舞い散るだろう。
春よ来い。