Happiness



「遊馬、これ……」

 なるべく平静を装って、あたしは遊馬の目の前にバレンタインのプレゼントを差し出した。

 終業時刻を過ぎた開発室のオフィスは、遊馬とあたしの二人きり。
 
 プレゼントを渡すところを、誰に見られても構わないはずなのに、あたしは何故か誰もいない終業後に渡そうと思っていた。
 それは、あたしが遊馬を特別な目で見ているから。
 
 一体いつ頃から、遊馬を特別だと思い始めたのか、もう定かじゃない。
 でも、いつも隣にいてくれた遊馬に、これからも変わらずにずっといて欲しいと願った。

 遊馬が、あたしの思いに気付いていなくてもいい。
 それでも、今まで知らなかったこの感情はいつまでも変わらないと思うから。



「ん? 何だ?」

 遊馬が何となく嬉しそうに見えるのは気のせい? 

 口元に微かに笑みを浮かべながら、遊馬はガサガサと包装紙を開いていく。

「お! 美味そうだな」

 包装紙の中身はビターチョコのトリュフ。
 あまり甘いものが得意じゃない遊馬が食べられる数少ないうちの一つ。
 以前、何となく気になって入ってみたケーキ屋のチョコ。
 美味しそうだったので、試しに買って食べてみたらすごく美味しくて。
 
 その時に、遊馬へのバレンタインのチョコはこれにしようって決めてたんだ。



「じゃあ、早速……」

「あ、コーヒー入れようか?」

「うん」

 さすがにドリップで入れる時間はないので、インスタントコーヒーの粉をカップに入れてお湯を注ぐと、ドリップほどではないけど、いい香りがオフィスに広がる。

「おまたせ」

「おう」

 マグカップを遊馬のデスクに置くと、待ち兼ねたかのように、遊馬がチョコに手を伸ばした。
 
 ぽん、と遊馬はチョコを口に放り入れて、もぐもぐと口を動かした。

「美味しい?」

「ん。 ちょうどいい甘さで美味い」

「よかった」

 隣のデスクの椅子に腰掛けて、遊馬がマグカップ片手にチョコを消費していくのを、あたしは幸せな気分で見ていた。
 思わず頬が緩みそうになるのを必死に堪えながら。

 小さな箱の中身は、あっと言う間になくなって、遊馬がコーヒーをすすった直後、

「おかわり」

「ハイ?」

 聞き慣れない言葉に、あたしは耳を疑ってしまった。

「だから、おかわり」

 真っ直ぐあたしを見つめたまま、遊馬は同じ言葉を繰り返した。

「も、もしかして足りなかった?」

「うん」

「ご、ごめん。 おかわりは、ないの」

 予想外の遊馬の言葉に、あたしは困ってしまった。
 いくらビターとは言え、遊馬がチョコを大量に欲しがるなんて、思ってもいなかったから。

 本気で困っているあたしを見て、遊馬がクスリと笑った。

「普通はないよなぁ、おかわり」

「そ、そりゃそうだよ。 それに遊馬がこんなにチョコを食べることがそもそも予想外で……」

 すると、どうしていいのかわからなくて慌てているあたしを見つめながら、遊馬が立ち上がった。


 
 中腰になって、あたしの顔を覗き込んだ遊馬の顔が不意に近づいてきて、思わず目を閉じる。

 やがて感じた、ビターチョコのほろ苦い甘さ。



「おかわり、これで我慢してやる」

 

 目をゆっくりと開くと、目の前にはやさしく微笑む遊馬の顔。

 あたし、もしかして遊馬に嵌められた?

 でも、もちろん悔しいなんてこれっぽっちも思わなくて、嬉しさで涙がこぼれそうになってしまった。
 

 ちょっと意地悪だけど、本当はすごく優しい。
 こんな遊馬のそばに、ずっとこれからもいられるのがすごく嬉しい。


 ねぇ、遊馬。
 
 来年も再来年も、一緒に幸せなバレンタインを迎えようね。