ハナミズキ
「おい。 よそ見するな」
5月のある日、車で特車二課に向かう途中、ある民家の庭先で柔らかな薄紅色のガクを広げたハナミズキの木が目に入った。
春の穏やかな光の中、青空に向かって咲き誇るハナミズキに、一瞬俺は目を奪われた。
「あ、すいません」
よそ見を松井さんに注意され、俺は慌てて視線を正面に戻した。
「何見てたんだ?」
「ハナミズキの花ですよ。実家の庭先にもあったんですけど、春になったら薄紅色のガクが開いて綺麗なんですよ」
「へえ。 お前花なんかに興味あったのか」
「興味はないですけど……。 あの花、好きなんですよ」
冬の間、静かに冷気から身を守り、春に鮮やかなガクを広げて咲き乱れるハナミズキは、彼女を連想させた。
「こんにちは、風杜さん」
「こんにちは、泉さん」
第二小隊のハンガーに入ると、その彼女は自分の愛機―アルフォンスの肩の部分にまたがり、一所懸命に腕を動かしていた。
「精が出るね」
下から見上げて声を掛けると、彼女は鼻をごしごしとこすりながら笑った。
「最近忙しくて磨いてあげられなかったから、非番に磨いてあげようと思って…」
そうか。
今日は非番なのか。
なら…
「泉さん。 夕方位から時間空いてる?」
「え? 時間ですか?」
「うん。 よかったら2人で食事にでも行かないか? 美味しい店知ってるんだ」
「え〜と……」
アルフォンスを磨く腕を止め、彼女は少し困った顔で考え込んだ。
「あの、風杜さん。 申し訳ないんですが……」
「お〜い、野明〜。 終わったのか〜?」
第二小隊のオフィスからあいつが顔を出して、彼女を呼んだ。
「うん。 もうすぐ終わるよ〜」
あいつが彼女を呼ぶと、彼女の顔から微笑がこぼれた。
僕には向けられない笑顔。
「残念。 先約があったんだね」
途端に彼女は小さな身体をさらに小さくして、うつむいてしまった。
「……ごめんなさい」
「いいよ。 気にしないで」
こんな小さな身体で、あの黒いレイバーに立ち向かっていく彼女。
何度も何度も。
果てのない波の様に。
「ほら。 篠原くんが呼んでるよ。 早く行ってあげないと」
「……はい」
頬を薄紅色に染めた彼女は、やっぱり可愛くて。
「野明。 行くぞ〜」
「は〜い」
オフィスから出て、アルフォンスのそばに駆け寄ってきたあいつは、俺の顔を見てふっと表情を曇らせた。
アルフォンスの肩から、ひらりと降りる彼女の姿を目で追う。
俺にぺこりと頭を下げるあいつ。
「じゃあ、風杜さん。 失礼します」
「うん。 またね」
手を振ると彼女はあいつと一緒に並んで、特車二課棟の奥へと遠ざかってゆく。
彼女は僕の心の水際までは来てくれなかった。
彼女は、僕の思いを知らないんだろう。
でも知らなくてもいいよ。
「風杜。 帰るぞ」
「はい。 今行きます」
松井さんに呼ばれて、俺は彼女達とは反対の方向に歩き出す。
明日、実家に顔を出してみようか。
そして庭で咲いているだろう、薄紅色のハナミズキを君にあげよう。
僕の気持ちはきっと君には重すぎるんだろうけど。
それでも
僕は君の事が好きだよ。
薄紅色の可愛い君の
果てない夢がちゃんと終わりますように。
君と好きな人が百年続きますように。