CAN YOU CELEBRATE?
   


「泉さ〜ん、これは……」

「あ、それは……」

 そよ風がさわさわと新緑を揺らすとある日曜日、俺たちは引越しをした。
 俺たちっていうのは、まあ、俺と野明が一緒に住むってことなんだけど。
 天気にも恵まれて、快晴で気温も暑からず寒からずで、絶好の引越し日和。

 俺は篠原に出向が決まった時点で一人暮らしをしてたんだけど、野明は今までずっと篠原の寮に入ってた。
 でも、篠原の寮は4年経ったら寮を出なきゃならない規則になってて野明は寮を出なきゃならなかった。                                                    
 そして、俺はちょうど借りてたマンションの更新だった。
 
「いい機会だし……一緒に住まないか?」

 そう言うと、野明は一瞬驚いた顔をして少し考えた後、小さく「うん」と頷いた。
 頬を微かに赤く染めながら。
 俺は野明と別々に生きることなんて考えられなかったし、どうやら野明も俺と一緒の考えだったようだ。

 こうして俺たちは一緒に住むことを決めた。

 ホントは北海道の野明の両親にも、キチンと会いに行って挨拶とかしたかったんだけど、仕事の状態から言っても休みを貰える状況ではなかった。
 野明だけなら2〜3日連休を取るのは不可能ではなかったが、野明だけ北海道に帰っても意味がない。
 野明と一緒に俺も北海道に行って、野明の親父さんとおふくろさんに挨拶するために必要な休みだったのだ。
 一緒の休みが取れない以上、仕方がないので電話で知らせることにした。
 そのことを野明が電話でまず母親に告げると、電話の向こうで野明の母親は嬉しそうに笑ったという。

『いつかそう言ってくると思ってた』と。

 親父さんには、おふくろさんが伝えてくれた。
 すると、親父さんは『そうか』と寂しそうに笑ったそうだ。
 一緒に住むことに反対もされず、(むしろ『待ってました!賛成!』と言うような反応だった)ネットをフル活用し、不動産屋を巡り巡って、やっと見つけたマンションに今日引越しをするのだ。

 忙しい中、旧第二小隊のメンバーもシフト調整をして引越しの手伝いに集まってくれた。
 太田が青梅の教習所にあるトラックを借りて来てくれたお陰で、荷物の運搬は一度で済んだ。俺の荷物は、一人暮らしだったとは言え大した量ではなかったし、野明も寮生活だったこともあり、必要最小限の荷物だった。
 タンスなどの大きな家具類は先に購入して、部屋に搬入済みだったし、何より力持ちのひろみちゃんが頑張ってダンボールを運んでくれたお陰で、見る見る間にトラックの荷台は空になった。
 大雑把な行動の印象が強かった太田は、以外に几帳面な面を見せ、棚に本類をキチンと収納してくれたし、進士さんは荷物が詰まっていたダンボールを片っ端からたたんでまとめてくれた。
 熊耳さんは、タンスと一緒に購入してあった食器を、洗って食器棚にしまってくれたりした。
 俺はと言えば、トイレや浴室に必要な物を置き、テレビやパソコンの接続くらいしかすることがなかった。

 そうこうしているうちに引越しは進み、何事もなく終了するかと思えたのだが……。

 そうは問屋が卸さなかった。

 野明が変だったのだ。

 朝、野明の荷物を載せるため太田はトラックで、俺は野明を乗せるためVWで寮まで行ったのだが、寮から荷物を運びだしている時からすでに野明は様子がおかしかった。
 俺とあまり会話をしようとしない。
 俺と目を合わせようとしない。
 目が合うと視線を思い切り逸らす。

『俺、野明を怒らせるようなことしたっけ?』

 いくら考えても、野明を怒らせるようなことをした覚えがない。
 昨夜、電話で話をしていた時も普通だったし、むしろ俺も野明も上機嫌だった。
 
『やっと引越しだね』

 と、嬉しそうに野明は電話の向こうで笑っていた。

 なのに、何でだ?

 

 野明の様子がおかしいことは、誰の目から見ても明白だった。

 荷物をマンションに運び込み、荷物を寝室に運ぼうとして、進士さんがたたんで部屋の隅に立て掛けてあったダンボールの端のつまずき、すっ転んだ。

 その拍子に手から離れた荷物が、真新しい押入れの襖に突き刺さり大きな穴が開いた。

 片付けも何とか終了し、引越し祝いの食事会を始めようとしていた時、用意したグラスを盆ごとひっくり返して全滅させた。

 熱いお茶を飲もうとして、口びるを火傷した。

 他にも、細かいことを上げたら片手では足りない。

 食事が終わり、みんなが引き上げた後も、野明の様子は変わることはなく、まさしく『挙動不審』だった。

 その後、食事の片付けを2人でして、野明が入れてくれた風呂に入ろうとした時、さすがの俺もキレた。



 熱湯風呂だった。



「おい、お前どうしたんだよ!」

 とりあえず、腰にバスタオルを巻いて居間に駆け込む。

「え? どうしたって……」

 自分の様子がおかしいことに全く気付いていないのか、野明はすっとぼけた返事をして俺を見上げた。

 が、すぐに目を逸らす。
 いい加減に頭に来た俺は、思わず語気を荒げて言った。

「俺、お前に何かしたか? わかってるか? お前、朝からほとんど俺と話してないし、まともに目も合わせてないんだぞ! おまけにいつものお前らしくない失敗ばかりして!」

「え、あ、ごめん……」

 視線を背け、歯切れの悪い言葉で謝る野明に、ますます苛々が募る。
 が、これ以上きつく野明を攻め立てる訳にもいかない。
 俺は少し間をおいて、自分を落ち着かせようと大きく溜め息をついた。

「……俺と一緒に住むのが、本当は嫌だったのか?」

「違うの!」

 間髪を入れずに飛び出した言葉に、俺は驚いてしまった。
 顔を上げた野明を見ると、瞳には涙が溜まっていた。
 
「お、おい、泣かなくたって……」

 何で泣く!?

 野明の前に膝をついた瞬間、野明がぽろぽろと涙をこぼして話し始めた。

「違うの……一緒に住むのが嫌なんじゃなくて……。 は、恥かしくて……どうしていいかわからなかったの!」

 ひっく、と一つしゃくりあげて、野明が言い切った。

「恥かしい? 何で?」

「だ、だって、これから一緒に住むってことは、ずっと一緒にいるってことでしょ? 遊馬と、好きな人と一緒に住めるって思ったら、すごく嬉しかったの。 だけど、何でだかわからないけど、恥かしくって……」

 顔を真っ赤にして、一つ一つ言葉を区切るように、そしてゆっくりと野明は言った。

「こ、今夜から2人きりだと思ったら、恥かしくて、緊張しちゃってどうしていいのかわからなくて……」

 そう言い切って野明は下を向いて押し黙ってしまった。

 俺は、今日1日の野明のおかしな言動をようやく理解することが出来た。
 野明は恥かしくて、俺と目を合わせるのを避けていたのだ。
 そりゃ、会話だって出来ないだろう。
 そして、色々やらかしたのも、すべて緊張のせい。
 
 すっかり忘れていたが、こういうことに関しては、野明はえらい恥かしがり屋だった。
 初めて手を繋いだ時も、キスした時も、一緒に夜を過ごした時も、恥かしさと緊張で泣きそうになっていたことを、俺はすっかり忘れていた。
 
「ごめん。 怒ったりして……もう落ち着いたか?」

 泣いてすっきりしたのか、野明は小さく頷いた。
 俯いてよく見えないけど、顔はまだ真っ赤なんだろう。
 
 野明のこういうところが可愛くて好きだと言ったら、きっとまた恥かしがって泣き出すんだろうな。

 

 まあ、とりあえず、野明のおかしな言動の理由はわかったからいいとして、問題は……。

「野明、熱すぎて風呂に入れないんだが」

 部屋の中とは言え、さすがにバスタオル一枚は寒い。
 しかし、罰ゲームのようなあの熱湯風呂に入るのはいくら何でも無理だ。

「熱すぎてって……え!?」

 野明が勢いよく立ち上がって、浴室に小走りで向かう。

「あ〜っ!」

 野明の悲鳴と共に聞こえてきた音は……。
 嫌な予感がして、浴室を覗いて見ると……

 案の定、脱衣所と浴室の境目につまずいて、野明は転んでいた。

「……」 

 当分、こういう生活が続くんだろうか。
 仕方がないか。 
 こういう野明に俺は惚れたんだから。

 でも、先が思いやられるなぁ……。



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