fese



 熱帯夜の生ぬるく重苦しい空気の中、遊馬はベランダに寄りかかっていた。

 右手には、普段ほとんど吸うことのない煙草。

 時折吹き抜ける風に、紫煙が溶け込んでいく。



 あたしはリビングから窓越しに
 そんな遊馬の様子を見つめていた。



 遊馬は普段、煙草は吸わない。

 遊馬が煙草を吸う時。

 

 それはお父さんとケンカをした時。


 こんな時、遊馬はいつもと違う顔をしている。

 遊馬なのに遊馬じゃない。

 瞳から光と力強さが消えて、その瞳を通して見えるのは



 遊馬の漆黒の心。



 遊馬は今、何を考えているのだろう。



 遊馬の心が見えなくて

 遊馬の思いがわからなくて

 あたしの胸に、不安と淋しさが降り積もる。



 遊馬がふと顔を上げた。

 窓越しに見つめていたあたしに気が付いて、困った様な顔をして笑う。

 そして遊馬は、煙草を持っていない左手であたしを呼んだ。



 あたしはゆっくりと立ち上がり、窓を開けてベランダに足を踏み入れた。

 遊馬の心の中にずかずかと踏み込んでしまっている様な気がして、少し怖い。

 遊馬に少しづつ近付いて、差し出された左手にそっと触れると、遊馬は微笑んで、優しくあたしを抱きしめた。



「……もう大丈夫だから」

 遊馬の柔らかい声が耳に届いて、あたしは小さく頷いた。

 そしてあたしも遊馬を抱きしめた。



 

 遊馬の心にある漆黒の闇を映した瞳。

 普段の明るい遊馬からは想像も出来ない表情の遊馬。



 そんな顔をするのは、お父さんとのケンカのせいだってわかってる。

 

 あたし、遊馬の力になりたいの。



 でも、怖い。
 
 言い出せない。



 特車二課にいた時、遊馬とお父さんのことをよく知らないのに、あたしが口を出して、遊馬を怒らせてしまったことがある。

 あの時の遊馬もさっきと同じ顔をしてた。

 まるで別人の顔。

 

 淋しいのに、辛いのに、大事なことを言い出せない。 


 
 あんな思いはもうしたくない。

 遊馬にもして欲しくない。



 臆病なあたしでごめんね。



 

 ねぇ、遊馬。



 遊馬の心にある漆黒の闇を、あたしは消してあげられるかな。



 まばゆい光で、遊馬の心を照らしてあげられるかな。



 

 遊馬が心から笑ってくれたら





 きっと、あたしも心から笑うことが出来る。





 だから、いつかきっと……。