Fantasista




 ふっと目を開けると、寝室の空気が変わっている事にあたしは気が付いた。
 空気が湿り気を帯びて重たい。
 隣で眠っている遊馬を起こさない様にベッドから抜け出した。
 カーテンの隙間からそっと外を覗いてみる。
 細い雨が地面を静かに濡らしていた。

 雨は嫌い。

 遊馬の搭乗していたエコノミーがグリフォンにぼろぼろにされて
 遊馬が怪我をした時も
 熊耳さんが狙撃された時も

 そして、特車二課棟がリチャード王の一味に襲撃されて 
 あたしがグリフォンと対決した時も

 今みたいに雨が降ってた。


「う……ん……」

 遊馬の声に振り返る。
 起こしちゃったかな?

「あ……う……」
 
 違う。

 ベッドに腰を下ろして、遊馬の顔を覗き込んでみる。

 額に脂汗を浮かべて、苦しそうに顔を歪めて。
 タオルケットをギュッと握り締めて。

 うなされてる。
 怖い夢でも見てるのかな?

 起こした方がいいよね。

 起こそうと遊馬の肩に触れようとした瞬間

「……兄貴……」

 遊馬の口からこぼれた言葉に
 思わず手を退いてしまった。

 お兄さんが事故で亡くなった日も雨が降っていたと
 遊馬が言っていたのを思い出した。

「遊馬……」

 肩を揺さぶる。
 遊馬は目覚めない。

「遊馬……!」

 不安と恐怖があたしの喉元を締め付ける。

 お願い……! 目を覚まして……!

 ビクンと遊馬の身体が跳ねた。
 まるで何かに弾かれる様に。

そして遊馬の目が開いた。
 荒い呼吸のまま、ぼんやりと天井を彷徨っていた目があたしを捉えた。

「大丈夫……怖い夢でも見た……?」

 うわごとで言っていたお兄さんの事は言わない。

 遊馬の額に汗で張り付いた髪をかきあげながら、冷静に問い掛ける。

 髪をかきあげていたあたしの手を、遊馬がそっと掴んだ。

「……うん……ちょっと……怖い夢見てた……」

 遊馬の目は怯えてた。

「……雨……」

「え……?」

「雨……降ってるのか……?」

「……うん……」

 遊馬の問い掛けに、あたしは小さく返事をした。

「そうか……」

 遊馬は大きく溜め息をついた。

「遊馬……シャワー浴びてきたら……? そのまま寝たら風邪ひくよ……?」

「そうだな……」

 遊馬はだるそうにベッドから身体を起こして、シャワールームへと向かった。

 やがて聞こえてきた水音を聞きながら
 あたしはカーテンを開け、再び窓の外を見た。

 

 遊馬の胸の中にも、きっと雨が降ってる。
 
 でも、遊馬の胸の中に降る雨は

 
 針の様に鋭い。

 
 その針の様に鋭い雨は
 
 少しづつ、少しづつ遊馬を傷付けて

 少しづつ、少しづつ血を流し続けてる。

 
 でもその傷は癒える事を知らず

 遊馬はその傷の癒やし方を知らない。

 

遊馬の傷を癒す力が欲しい。

 遊馬をその針の様に鋭い雨から守ってあげられる強い心が欲しい。

 守りたい。
 あたしのすべてを賭けて。

 シャワーの音が止んだ。
 でも、遊馬は出て来ない。

「遊馬……?」

 そっとシャワールームを覗くと、遊馬は洗面台に手を付いていた。
 俯いている遊馬の顔は見えない。

 遊馬の髪から

 ぽたり

 ぽたりと水滴が落ちる。

 遊馬の胸にも

 まるで雨の様に。

 
 あたしは遊馬の腕をそっととった。
 そして、遊馬の胸の水滴をすすった。

 遊馬の身体がビクンと震えた。

「遊馬の胸に雨が降る日は、あたしがこうしてキスですすってあげる」

 遊馬の濡れた髪をタオルで拭きながら、あたしは微笑みかけた。

「そうしたら、抜ける様な青空が見えるよ、きっと」

「野明……」

 遊馬も微笑んだ。
 でも遊馬の目は哀しみに揺れていた。



 ベッドに横になった途端、遊馬が腕を伸ばしてきた。
 あたしの身体を抱きしめて、胸に顔をうずめた。

「野明は、俺を一人にしないでくれ……」

 闇に怯えてた遊馬の目が、二度と汚れた世界を見つめない様に
 あたしは遊馬の瞼にキスをした。

「一人になんてしないよ……」

 遊馬の頭をそっと抱きしめる。
 濡れたままの髪をゆっくりと指で梳く。
 
「約束したでしょ……? ずっと一緒にいるって……」

 遊馬の目から涙がこぼれた。

「遊馬がいるから、あたしはあたしでいられるの……」

 遊馬の顔を覗き込んで、あたしは微笑んだ。

「だから、遊馬もあたしを一人にしないでね……」


 どんなつらい現実さえも、優しく包む未来がある。
 あたしは遊馬は包む未来になりたい。

 遊馬がそう望むのなら

 あたしがそう望んだなら

 それは幻想なんかじゃない。

 誰でも生きていく間に、迷い道に入り込んでしまうけど
 出口なら必ずある。

 遊馬がそう信じるのなら

 あたしがそう信じたなら

 それは夢なんかじゃない。

 遊馬の大きな手が頬に触れた。
 暖かい手。

 見つめ合って、そっと口びるを重ねた。



 まるで灼熱の地で夢を見るように

 お互いの汗を絡み合わせて
 
 遊馬とあたしは身体を求め合った。

 
 身体の繋がりなんて

 何の意味もない。

 でも求めずにはいられない。


 本当に欲しいのは

 永遠の心。


 いつもあたしがそばにいるから、遊馬は遊馬でいて欲しい

 愛したい。
 あたしのすべて賭けて。


 真夏の夜に何度も夢を見る様に

 あたしは何度ものぼりつめた。


 いつの間にか雨は上がって

 開け放したカーテンから見えた空に
 
 星がいつもより色濃く瞬いてた。

 
 遊馬

 
 何度でも夢を見せて
 楽園で眠れるまで。


 愛してる


 私には夢を見せて
 永遠を感じるまで。