breath



 夜中にふっと目が覚めた。
 暗闇で目をこらしていると、段々と目が慣れて、見慣れた天井が映る。

 そして、隣から聞こえる規則的な呼吸。

 俺は野明の呼吸を聞きながら、昔のことを思い出した。

 

 物心ついた時には、俺は子供部屋で一人で寝ていた。
 親父は仕事でほとんで家にいなかったし、おふくろは俺を生んでから身体を壊してしまいほとんど寝たきりで、俺と一緒に寝るなんてことはなかった。
 兄貴も年が離れていたせいか、枕を並べて眠って記憶はなかった。

 そしていつのころからか、誰かと同じ部屋で眠ることに苦痛を感じるようになっていた。

 中学や高校の修学旅行では夜眠ることが出来ず、寝不足の不機嫌な状態で旅行を消化していた。

 大学を中退して同級生の家に居候させてもらっていた時も、世話になっている立場だというのに、夜、同じ部屋で眠るのが嫌で嫌で堪らなかった。

 そして、警察官になった時、「やっと一人で寝られる」と安堵したものだった。

 

 なのに、いつの頃からだろう。
 こうして、誰かと一緒に眠ることが苦痛ではなくなったのは。

 巡査を拝命して、特車二課に配属されたばかりの頃、やはり夜はあまりキチンと寝られなかった。
 
 仕事とは言え、何が悲しくて汚くて狭い4畳半で野郎5人で顔を突き合わせて眠らなきゃならないのか。
 
 太田の馬鹿野郎は破壊的ないびきをかき、進士さんは凄まじい歯軋り。
 ひろみは本人も気にしていたのだろうがデカくて場所を取るし、隊長の足はとても有名な菌で侵されていたし。

 ほとんど拷問か罰ゲームのようだった。

 だが、殺人的な忙しさと、神経がすり減ってしまいそうな仕事のお陰で、布団に入ったらいつの間にか、5分で眠ることが出来る技を身に付けた。
 もし、あのまま眠ることが出来ないまま特車二課の仕事を続けていたら、間違いなく俺は今頃この世にはいないだろう。 

 それでも、やっぱり時々みんなと一緒に眠るのに苦痛を感じて朝まで眠れなかったこともあったけど。

 

 そして時は流れ、俺は初めて誰かと一緒に眠ることに安らぎを覚えた。
 
 一緒に眠ることに苦痛を感じることなく、安らぎを覚えた唯一の人。



 それは野明だった。

 いつからか、今まで感じたことのなかった感情を野明に抱くようになって……。
 どうやら、野明もそうだったらしい。

 色々と紆余曲折を経て、俺たち2人は同じ道を並んで歩き始めた。

 初めて野明と一緒に過ごした夜、俺は今までにない安らぎの中で朝を迎えた。
 野明を抱きしめながら。

 
 
 肌に感じる野明の体温。

 

 そして耳で感じる野明の規則的な呼吸。

 どんなに感情が高ぶっていても、野明の呼吸と体温を感じるだけでぐっすりと眠ることが出来た。

 こうして俺に安らぎを与えてくれる人は、後にも先にも野明だけだろう。



「……ん……」

 まだ夜も明けきらない薄暗闇の中、野明の目がゆっくりと開く。
 俺の顔をしばらくぼんやりと見つめて、そして微笑んだ。

「……どしたの……?……眠れない……?」

「いや……ちょっと目が覚めただけ」

「そう……」

 ゆるゆると野明の瞳が閉じていく。
 そんな野明の顔を見て、再び眠ろうとした俺の気配を察したのか、野明の腕がゆっくりと動いて、俺の腕にしがみつくような格好になった。

 あっと言う間に、野明の呼吸が寝息に変わる。

 耳元にかかる野明の吐息が少しくすぐったい。

 

 目の廻るような忙しい毎日。
 でも、こうして大事な人の隣で安らぐことが出来るのは、たとえようもない幸せなんだと、野明と出合って初めて知った。
 


 明日も。



 明後日も。


 
 野明と一緒に俺は眠る。




 
 野明の吐息と体温を身体いっぱいに感じながら、俺は再び眠りに落ちた。