a hasty conclusion



 ある冬の日、第二小隊はいつも通りに待機任務に入っていた。
 夕食も終わり、太田が第一宿直室に入ろうとした時
閉められた薄いベニヤ板のドアの向こうから声が聞こえた。
 
野明と遊馬の声だ。

「あ……そこ……」

 野明の甘い声が太田の耳に飛び込んで来た。

「ここか……?」

 野明の声に答える様な、荒い息遣いの遊馬の声。
 
 太田は反射的にドアに耳を押し当て、聞き耳を立てた。

「遊馬……凄い……上手……」

「そうか……?」

「ねぇ……もっと……強く……」

「痛くないか……?」

「痛く……ないよ……凄い……気持ちいい……」  

 ふと、畳が擦れる音が聞こえ、太田はドアから急いで離れた。
 だが、中の様子が気になり、再びドアに耳を付ける。

「なあ、野明……もういいだろ……?」

「嫌……もっと……」

「太田さん、何してるんですか?」

 ドアにへばりついた太田に進士が声を掛けた。

「しっ!」
 
 口の前に人差し指を立て、進士を睨みつけた。
 進士も、その後ろに立っていたひろみも不思議そうに太田を見た。
 
 太田の顔が赤い。

「……一体どうしたんですか……?」
 
 ドアに耳を付けたまま、太田はドアを指差した。
 太田が目配せをした。
 同じ様にしろと目が言っていた。
 訳の分からぬまま、進士とひろみは太田と同じくドアに耳を付けた。
 
「あ……いい……そこ……もっと……」

「く……野明……俺、もう……」
 
 進士とひろみの顔が見る見る間に赤くなる。

「も、もしかして……」
 
 進士が小声で太田に問い掛けた。

「もしかしなくてもそうだろう……」
 
 太田の答えに、ひろみが首をブンブンと振った。

「そ、そんな……いくら好き合っている二人でも……まさか職場で……」
 
 ひろみの顔から急激に血の気が引き
 凄まじい勢いで青さが増していく。
 
 ドアの外の会話に気付く事も無く、遊馬と野明の会話は続いていた。

「あ、遊馬……止めちゃ嫌……」

「う……もう……限界……」

「駄目……あともう少し……」
 
 太田の肩がプルプルと震えだした。

「あ、あいつらぁ! 神聖な職場を何だと思っとるんだ〜!」
 
 太田がドアノブに手を掛けた。

「だ、駄目です! 太田さん!」

 進士が太田とドアの間に滑り込んだ。

「止めるな、進士!」

「しかし、今宿直室に入ったら遊馬さんと泉さんが……!」

 太田が止まった。
 
 今、三人の頭の中をとんでもない光景が駆け巡っていた。

(今、このドアを開けてしまったら遊馬さんと泉さんの……)

 進士の背中に冷たい汗が伝った。

(せめて、声が聞こえなくなるまで……)

 ひろみの顔が再び朱に染まった。

(しかし、ここは神聖な職場……同僚として見逃す訳には……)

 太田の顔に一瞬、逡巡の色が浮かんだ。
 が、やはり太田は太田だった。

 進士の肩をがっしりと掴むと、暑苦しい顔を進士に近付けた。

「いいか進士。ここは何処だ?」

「ど、何処って……」

「いくら好き合ってる同士とはいえ、職場でこんな事が許されると思うか?」 
 
「で、ですがせめて終わってから……」

「馬鹿者! こんな事がもし隊長の耳にでも入ってみろ!
 あいつら、減俸や自宅謹慎じゃ済まされないんだぞ!
 懲戒免職もんだ!」

「だ、だからと言って今踏み込むのは……」

「事が大きくなる前に止めさせるのが同僚ってもんだろうが!」
 
 あわててひろみが間に入ろうとした。
 が、柔道黒帯の太田が軽々と進士を転がした。
 
「ああっ! 待って下さい!」

 ひろみが手を伸ばしたが時既に遅く
 太田は破壊しかねない勢いでドアを開け、宿直室に飛び込んだ。

「貴様ら〜! 職場で何ちゅう破廉恥な事を……」
  
 太田に続いてひろみ、そして起き上がった進士が眼鏡を掛け直しながら
 宿直室に飛び込んだ。

 そこで三人が見た物は……

 

 ぺたんと畳に座った野明の肩を、両膝を付いて一所懸命に揉んでいる遊馬の姿であった。

 野明と遊馬が同時に振り返った。

「……みんな、どうしたの?」
 
 野明の声に三人が我に返った。

「い、いえ、あの……何をしてたんですか……?」
 
 進士の言葉に、遊馬が眉間にしわを寄せた。

「何って……野明の肩揉んでるんだけど……」

「肩揉み……ですか……」
 
 ひろみが無表情に呟いた。

「うん。 最近さ〜、凄く肩凝るんだよね〜。 
 ほら、アルフォンスに乗ったらアブソーバーで肩が固定されちゃうじゃない? 
 おまけに冬でしょ? 寒さで肩が凝っちゃって……」
 
 遊馬は野明が話している間も、ずっと野明の肩を揉んでいる。

「あ、そこそこ……遊馬って肩揉み上手だよね〜」

「昔、祖父さんの肩良く揉んでたからな……って野明
 お前こりゃひどいぞ。一回、マッサージとかに行った方がいいんじゃないのか?」

「そうだね〜……遊馬いいマッサージ屋知ってる?」

「俺が知ってる訳無かろう」

「だよね〜」

「ほれ、もういいだろ? いいかげん腕がだるい!」
 
 遊馬が肩から手を外すと、野明が甘えた声を上げた。

「あ〜ん! 駄目〜! お願い、あと五分だけ!」

「お前な〜!」

 遊馬が自分の腕をさすっている。
 どれだけ肩揉みをしていたのか。

「お願い。 今度の非番の時、お昼ご馳走するから!」

 野明が遊馬の顔の前で手を合わせた。

「……それにデザート付きでなら手を打とう」
 
 にやりと遊馬が笑った。

「うっ……」
 
 遊馬からの取引提示に野明は一瞬躊躇した。
が、野明も負けてはいない。

「じゃあ、それにコーヒーを付けてあと10分てどう?」

 遊馬が腕を組んでう〜んと考え込んだ。

「……よし、のった!」
 
 ぱぁっと野明の顔が明るくなった。

「契約成立!」
 
 野明が手のひらを上にして両手を差し出すと、遊馬が野明の手に自分の手のひらを打ち付けた。
 パァン!と小気味のいい音が宿直室に響き渡った。
 
 そして野明が遊馬に背中を向ける。

「じゃ、よろしく!」

「おう! 任せとけ!」
 
 遊馬の手が野明の肩に置かれ、再び力強く肩を揉み始めた。
 と、遊馬の手が止まった。

「そう言えば太田、お前さっき何か変な事言ってなかったか? 
 破廉恥がどうのこうのって……」
 
 二人のやり取りをあっけに取られていた見ていた太田が
 鍛え抜かれた腹筋パワーをMAXにして叫んだ。

「お、お前らがまぎらわしい会話をしとるから……! モガッ!」

 ひろみが太田の口を後ろから両手で塞いだ。

「まぎらわしい会話? 何が?」
 
 野明がきょとんと太田を見上げた。
 
 これ以上話をややこしくしたくない進士が間に割って入った。

「そ、そうですか! 肩凝りですか! それは辛いですね! 
 うちの多美子さんも肩凝りがすごいんですよ……
 そうだ、多美子さんが良く行くマッサージ屋、凄く評判がいいんですよ! 
 今度住所とか聞いてみましょうか?」

「ホント?じゃあ今度行ってみようかな?……あ、でも、あたし一人で行けるかな?」

「遊馬さんに連れて行ってもらえばいいんじゃないですか? ねぇ、進士さん」

 暴れる太田の口を押さえたまま、ひろみが言った。
 が、少しづつドアに後ずさりをしている。

「そ、そうですよ、泉さん」
 
 進士も引きつり笑いをしながらゆっくりとドアに向かっている。

「遊馬ぁ、今度の非番に連れて行ってくれる?」
 
 野明が顔をひねり、遊馬を上目遣いで見上げた。

「……しゃあねぇなぁ、連れて行ってやるよ」   
 
 遊馬はめんどくさそうに答えた。
 が、顔が笑っている。
 
 要は野明にお願いされて嬉しいのだ。

「じ、じゃあ僕達お茶でも入れて来ますね」
 
 ひろみが太田を押さえたまま宿直室を後にした。

「ぼ、僕は多美子さんに電話を……」

 引きつった笑顔を張り付かせたまま、進士が二人の後を追うようにいなくなった。

「何だろうね。 みんな変だね」

「進士さんとひろみちゃんはともかく、太田が変なのはいつもの事だ」

「もう、遊馬ってば。そんな事太田さんに聞かれたら……あ……そこいい……」

 


 ひろみに引きずられて、太田は第二小隊のオフィスに無理矢理連れ込まれた。

 自由になったとたん真っ赤な顔で咆哮した。

「何で止めるんだ!」

「だって、遊馬さんがただ泉さんの肩を揉んでただけじゃないですか」
 
 進士の言葉にひろみが大きく頷いた。

「確かに……ちょっと……まぎらわしい会話と声でしたけど……」
 
 ひろみが顔を赤らめてうつむいた。

「単なる太田さんのはやとちりなんですから」

「んぐっ……」 
 
 進士に突っ込まれ、太田は一瞬口ごもり、やり場の無い怒りを爆発させた。

「おおおおおお〜っ!」

 お茶を入れると言って宿直室を出てきてしまった以上
 そのまま宿直室に戻る訳にもいかないので
 進士とひろみは壊れた太田をオフィスに置き去りし、給湯室でお茶を用意していた。
 
 ひろみが水の入ったやかんをガス台にのせた。

 進士が急須にお茶っ葉を入れながら溜め息交じりに呟いた。
 
「あの二人……いつになったら気が付くんでしょう……自分の気持ちに……」

「さあ……でも……」
 
 ひろみはガス台のコックをひねりガスをつけた。
 青々とした炎を見つめたまま言葉を繋ぐ。

「遊馬さんと泉さんは絶対離れないと思います……
 たとえここに誰もいなくなったとしても……
 ここに何も無くなったとしても……
 同じ目線で同じ物を見て一緒に生きて行くと思います……」

「……僕も……そう思います……」

 進士とひろみはどちらからともなく顔を見合わせて笑った。

 するとドスドスという足音とともに太田が給湯室に現れた。
 どうやら復活したらしい。

「山崎ぃ! 茶はまだかぁ!」

(この人はどうしていつもこう……)
 
 進士は深く溜め息をついた。